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庭を見て思わず呟いた言葉だったけど、綺麗だなと呟くと、そうだなと隣から声が返ってくる。自分も相手も同じものを見て、同じ言葉を呟く、たったそれなんだが、それがなんとなくくすぐったい。
こういうのもいいな。
言葉少なに気持ちが伝わるって。
「あそこでいいかな」
和風庭園といった造の先に、露地?
気がつけば、すっかりいつものようにリードされてしまっているじゃないか私。
露地は清められ、腰掛けは完璧に手入れがなされていて汚れも一切見えないあたり、さすがだと思う。
五橋はちょっと待ってと、ポケットから広めのハンカチを取り出し広げてくれる。おお、そんな気遣いもできるのか。
「どうぞ。汚れてはいないけど、念のためね」
正直言ってありがたい。飛び出して来てしまったために何も持っていないのだ。
「ありがとう、助かる」
「どういたしまして」
五橋は私が完全に座るまで手を離すことはなかった。
「どうして横にくっついて座っているんだ。話しづらいだろう」
しかも、立った時の背の差よりも、座った時の差の方が小さいってどういうことだ。けしからん。
「話をするのにこの方がいいだろう。だったらなるべく近くで話をしたい」
そういうと、五橋は再び私の手を取った。なにその、ぎゅって感じ。
「離せ、この」
空いている片方の手で五橋の手をどけようとするが、それすら握り直されて包み込むように自由を奪われてしまった。
「ふざけてるのか」
「ふざけてない。俺の話を聞き終わるまで、どこにも行って欲しくないからだ」
「逃げるわけない。納得のいく説明をしてもらいたいだけだ」
「わかった。じゃあ何から話そうか」
手は、離さないんだな。
「まずは、というか、なぜお前がここに来ているのか、元のお見合いの相手はどうしたのかが、すべてだろう?」
「そう、だね」
五橋の話は最初っから驚きの連続だった。
「元のお見合いの相手はね、実は俺の叔父だったんだ」
おお!? 随分お若い。
確かに、なんか、どこか、うっすら五橋に似ている気がすると思ったような気もするが、忘れた。
五橋は私の考えが読めるらしいから、笑って頷いている。
「若いだろ? 母の15歳下の弟なんだ。年の近い叔父さんというよりも、少し年の離れた兄弟みたいにかわいがってくれたんだ。いい人なんだよ、ほんと」
その表情からして、本当に仲がいいんだなってわかるぞ。
「今回のお見合いは周囲が世話をした結果で、本人も乗り気じゃなかったのは知ってる。何度か断ってるのも見てたし。でも流石に何度も続くと断りきれなくなったらしくて、だから、会うだけ会って断るつもりのお見合いが今回だったんだ。世間って狭いよな。ほんと」
呑気にHAHAHAと笑っている場合じゃないんだがな五橋よ。だからってなぜお前が出てくるんだ。
「叔父と俺の嗜好ってなんか似ててさ、だから、あのスマホ越しの写真を見た時にはマジで驚いた。正直、自分でもおかしなくらいに動揺しまくって何も考えられなくなってどうしたらいいんだってすっげー悩んでた」
「でも叔父さんは断るつもりだったんだろう?」
「ああ、でも、さっきも言った通り、俺と嗜好が似てるんだよ」
「だから?」
おい、そこでなぜ深くため息をつく。そしてこっちを残念そうに見るんじゃない。
「こういう時、劇的に鈍い相手だと、全くもってどうしたらいいのか分からなくなるのな。察してくれ、と思ってもこっちが思っていることとは全く違う風に考えてたりするし」
「何を言っているんだ? 理解できないんだが。あ・・」
ぐいっと手を引っ張られたらそりゃま、こうなるよな。
現在、私の視界は五橋のジャケットで埋め尽くされている。抗議をしようにも離してくれそうにないんだが。
私の心ばかりの抵抗を無視して五橋は話し続ける。頭の上で話すなよ、聞きづらいだろう。
それに五橋の鼓動と呼吸がダイレクトに響いてくるから妙に落ち着かなくなってくる。
「叔父がこのお見合いをしたら、きっとこの話を断らなかったはずだ。うん、絶対話を進めて欲しいって言ったはずなんだ。俺と似てるから」
もう、さっきから何を言っているんだ。叔父と甥なら似ててもおかしくはないだろうに。
「ちょ、だから・・・」
「だから今日は叔父に頭を下げて代わってもらったんだ。親父も巻き込んで、ギリギリのところで代わってもらえた。正直間に合わなかったらどうしようかと、おも、、、思ってたら怖くなってここ2〜3日は気が気じゃなかった」
ぶるりと五橋が身震いしたのを感じた。尿意、、、ではないな。うん。
「きっと押しに弱いお前のことだ。叔父も俺と似てるから、色んな手を使ってお前を絡め取っていくと思う。そこは俺よりうまい。だから、背に腹は変えられないから、毎日頼み込んだ。
だって嫌だろ。叔父の嫁さんが俺の好きな人って。うん、ちょっと想像しただけで絶対嫌だ。そんなの一生見せつけられるくらいなら、土下座だってなんだってやるって」
なに?
何言ってんだこいつ。
五橋の叔父さんの嫁さんが、誰だって?
「究極に鈍いお前でもわかったか?」
すっごく面白くないんだ。
なんだかな、腹が立つんだよ。
素直になりたくない。
耳元でくすっと笑う息がかかるし、くすぐったい。
「気付きたくない」
「ダメだ。気づけ。認識しろ。真正面から理解しろ。俺を、見てくれ」
そういうと、あっという間に五橋は地面に片膝をついて跪いた。
まて、やめろ、そこは濡れてるぞ。いや、そうじゃないな、早まるなと声に出して言いたいが、息をするのがやっとだ。心臓が早鐘のようにどくどく言っている。
見上げてくる五橋の目から反らせない。
「咲夜、お前のことが好きだ。今すぐにでも結婚したいくらい好きだ。だから俺のお嫁さんになってくれ」
なんだよ、いきなりの名前呼びなんて、両親以外にそんな風に呼ばれたことないから面映ゆいし、結婚して下さいじゃなくて、お嫁さんにって。言葉のチョイス、ちょっとかわいいかも。
でも、これがあの五橋なんだろうか。
正直言って、社内を歩けば視線を集め、どうやら結構な確率で告られたり誘われたりしているらしいし、周囲が騒いでいるこの顔に感情を動かされることは、、、なかったんだよな。まっすぐ見られても全く平気だった。でも、、、、
でも今は違う。
どうなってるんだ。
息が、止まりそうだ。
鼓動が、うるさいぞ。
やだやだやだやだやだ。
気付きたくない、こんな感情。こんなどろどろしたものに名前をつけたくない。
どうして五橋はそれに気づかせようとするんだ。
認めるよ。
これまでの関係が変わるのが嫌なんだよ。まともに五橋の顔を見れやしないじゃないか。
「咲夜、咲夜、ねぇ、こっち見て。困らせるつもりじゃないんだ。俺は、俺たちのこれまでの関係を変えたいんだ。お前はどう思ってる?」
関係を変える?
いままでじゃだめってことか?
「どうって言われても」
思わず弱腰になってしまうじゃないか。そんな胸の内も透かして見られているような気がする。
目を反らしたいのに、五橋が私から絶対に目を反らさないから、まるで磁石のように引き寄せられて反らせない。
「俺は、これからもずっと咲夜と一緒に昼飯を食べたい。寝る前におやすみを言いたい。でも、それだけじゃない、もっと欲が出て来た。
朝もおはようと言いたいし、朝食も夕食も一緒に食べたくなった。お前が家にいるなら俺もテレワークする。俺はお前に会いに出社しているようなもんだ。お前はどうなんだ。来週からも一緒に昼飯を食ってくれるのか?」
五橋よ、ぶっちゃけすぎだ。
でもそれは、、、私の中で、少しずつ膨らんできていた欲と似た形をしている気がする。
怖くない怖くない。思っていることを言葉にするだけだ。
「わ、私も、一緒にご飯、た、べたい。昨日行ったうどん、美味しかったからもう一回、連れて行って欲しいと言っていいかどうかすごく悩んでた。来週、五橋の様子を見て言うかどうか考えようって先送りした」
「ん、また行こうな。寝る前に顔を見ておやすみっていうのは?」
「それも、なくなるのは、くっ。。。やだ。お見合いの相手と結婚したらこれもやめなきゃいけないなって考えた時、胸が苦しくなった。嫌だって思った」
「嬉しいよ。すごく嬉しい。俺だけが思っていたんじゃないなんて、すごく嬉しい」
「ふごっ」
五橋ってこんなにも情熱的なやつだったのか。
きっともう、私の化粧も髪型もぐちゃぐちゃだな。
でも、こういうの、気持ちいい。五橋の腕の中は嬉しいし、いい匂いがする。
ん?
何をされた?
コレハナニ?
「キラキラ?」
「ごめんなー、返事聞く前に着けちゃった。で、改めて」
おい、これ、抜けないぞ。
再び片膝をついて私を見上げてくる。
なんだその希う表情は。
「咲夜、俺はここへ俺の幸せを見つけにきたんだ。だから、俺のお嫁さんになってください」
「ってことは五橋が私のお婿さんになるのか?」
なんだその極上の笑みは。
「そうだよ。俺が旦那さんで、咲夜が俺の奥さんな」
何を基準にして判断すればいいのか。でも、この男は私を全然怖がってなかった。苦手意識とか持たれやすいのに。
考えても分かんないよな、私、五橋じゃないし。
叔母の言うように、離婚してもいいから結婚してみるのもありか?
とりあえず深呼吸からだ。ひーふー。よし。
「分かっ、ぶへっ」
強烈な腕力の締付け!! からの、接吻!?
視界には五橋の顔がいっぱいだ。
「目を瞑って」
言われるままに目を閉じる。すると再び唇を覆われる。食むように優しく啄まれる。こいつめちゃくちゃ慣れてる気がする。
わけも分からず無性に腹がたったので、両手で押し退けた。
押し退けたつもりだよ。
なのになんでまた五橋の腕の中なんだ。
ならば睨みつけてやる。
五橋の唇に紅が移ってる。さすがは元モデルだな。紅が似合うとは。ますます腹が立つ。
「奥さん、なぜ不機嫌なんだ?」
「誰が奥さんだ」
「咲夜は俺の奥さん。近くそうなる。で、俺はお前が怒るような、何かをしたかな?」
この言い方も無性に腹が立つんだが。っていうか、なにもかも腹がたつ。
「、、、慣れてる。きっとそうだ。キスし慣れてる。数多のキスの経験があるはずだ。キスだけじゃないだろうし」
ぎょっとした顔。後ろめたそうだな。図星か。面白くない。
「ちょっなにするんだ」
「嫌だ。立とうとしただろ。こうやって捕まえておかないと逃げられそうな気がするからだ」
「お前の女遍歴と同じ数のキスを経験してみて判断しようかと考えていたところだ。フェアじゃないだろう?」
焦ってる五橋も面白いが、いまは、腹が立つ方が大きいんだ。
「誰がさせるかよ」
「ひとりや、ふたりくらいなら問題あるまい?」
「大有りだ。人数の問題じゃないだろ。他のやつに触れさせるって考えただけでも嫌なのに」
急に泣きそうな声だ。
そんな子犬のような顔を作ってもちっとも心が動かないあたり、この顔に興味があるわけではないらしいな私は。
「まぁ、こんな見てくれだし、小さい頃からモテてたさ。だから女とも付き合ったことはある。
だけどな、俺から好きになったことはない。こんな気持ちになったのは初めてなんだ。だから、どうやってこっちに目を向けさせようかって随分悩んだ。仕事まで変えたんだぞ」
「何を言ってる? お前が仕事を変えたことと、私が何の関係があるんだ。そもそも話すようになったのはここ1ヶ月も満たないと記憶しているが」
「お前覚えてないだろう? 俺たちもっと前に会ってるんだぞ」
「いつ頃の話だ。お前が入社した時は知らないが、同じ拠点で席が近くになった時は知ってるぞ」
「直近かよ」って盛大にため息つくんじゃないよ。全く知らないんだからな。




