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「五橋よ。忘れられないんだ」
定例化している寝る前の五橋とのビデオ通話。
今日のあの衝撃なうどんの美味しさが脳裏を離れなかった。たった一杯だが、深く深く遺伝子レベルで私の中に入り込んできた。
その興奮が冷めずに今に至っているのだ。
誰かと共通の話題で盛り上がれるなんて、なんて、楽しいんだろう。
また行きたいなって言ってみたいんだが、、、
また、ということは、飯友継続を望んでますって一方的に強要しやしないだろうか。今はまだ様子見をした方がいいかもしれない。来週、そう、来週になってから、五橋がどう行動するかで言うかどうかを決めよう。そうしよう。
「明日」
五橋からの声で話題が変更になるのに気づいた。
明日? 明日か。
お見合いの日だな。
「ああ、明日、お見合いの日だ」
急に気持ちの持ちようが変わったのを感じる。色が褪せて見える。
ここ1週間、なんとか気持ちを前向きにするように考えてきた。五橋にもさんざんぼやきを聞いてもらった。五橋は私の代わりに憤ってくれ、そのおかげか、少し客観的に捉えることができるようになった。両親や他の人の言葉にも耳を傾けられるようになった。だから、お見合いごとき、大丈夫だと言い聞かせてきた。
「五橋が居てくれてよかった。五橋に話を聞いてもらって良かった。私の代わりに腹を立ててくれて。
お陰で冷静になれた気がするから。
どう結論が出るのかはまだ分からないけど、私の場合は出たとこ勝負のつもりで行ってくる。めいっぱい嫌なやつだったらいいなとも思うけどな、釣書や仲人さんからの情報だと良い人らしい。
私は先を行くかもしれない。まだ、分からないけど、現段階で礼を言うよ、五橋」
なんだその顔は。
小さな画面でもしっかり見えてるんだぞ。もっといつものように冷徹な感じを見せないか。軽口で笑ってくれよ。
「ありがとうな、五橋」
*
お見合いは昼食を摂りながらということで、平日よりはゆっくり目でいいかなと余裕をかまして居たんだが。
「帯揚げどの色を出しましょう。帯は本当にこれでいいかしら」
母がとっても煩かった。
着物はもう決めてあるって言ってたのに。今になってとっかえひっかえ。まぁ、母のあるあるなんだけど。
「かあ様、この袋帯で良いと思います」
祖母の若い頃に着ていたという少しレトロな訪問着は、白地に金駒刺繍がされており、カラフルな大きめの可愛らしい花が連続して美しく咲いている。白地部分が多いので一見するとおとなし目に見えるが、大きめの丸い花たちが可愛らしさを強調してくれている。
今日は文庫結びにしようかな。
左右完全対象の文庫結びは意外とバランスが難しいけど、できればシンプルで、美しい帯の模様が映える。
そうだ、写真撮っとこう。
「あらただの文庫なの? 蝶文庫にしなさいな。お花に蝶々ってかわいいじゃない」
どっちにしようかなと悩んで手先を長くとってたのが幸いした。
「うん、いいわね、かわいらしいわよく似合ってる。さすが私の娘」
ふと見れば、母が着ている着物は見たことがなかった。
「あ、これ? いいでしょ。とう様が新しく誂えてくださったのよ」
娘は祖母のお下がりで、母は新品。思うところは多少あるが、まぁいいけど。この着物かわいいし。
仕上げは髪結いさんが軽く整えてくれて、薄く化粧を施された後に紅を塗り、髪はふっくらと結い上げられていく。
肌が透けるようだとか、御髪が烏の濡れ羽色だとか、歯が浮くような美辞麗句を並べられて、非常に居た堪れなかった。
メガネをかけてたら外しなさいと母に言われる。
わかってたけどさ。
ごく稀につけるソフトコンタクトレンズなるものを、わちゃわちゃしながらなんとか装着した。
支度が全て整い居間に行くと、スツールが置いてあった。
立体的な帯結びの場合は助かる。
座って両親を待っていたら、父がやってきて問答無用に撮影される。右向け左向けといっぱしの撮影家きどりだ。成人式でも撮ったでしょうに。
あ、そうだ。
「とう様、何枚か私にも送って」
送ってもらった画像を見ながら自分の力作を確認する。母の言う通り蝶文庫にして正解だったかも。そうだ五橋にも見せてやろう。
【今日の戦闘服だ】
【良い着物と帯だと言うことはわかった】
そうだろう。
首から上は送ってないからな。
【五橋よ、あなたには、あなたの望む幸せが訪れるように祈ってる】
ちょっと臭いメッセージを送ってみた。
来週から飯友じゃなくなるかもしれないからな。別れというか区切りの挨拶のつもり。
名前を呼ばれた。スマホはオフ。
いざ、出陣。
*
お見合いって、着物で料亭で美味しいお料理をいただいてってやっぱりそういうの定番なのな。そんでもって、両親はこれで決める気満々な気がするんだが。あと、うちの娘を見てーって感じなのやめて。
私たちはいったん、控えの間に通された。
どのくらい待つのかなと思っていたところ、仲人さんが慌ててやってきて両親だけを呼んで部屋を出ていった。そういうものなのか?
分からないので一人瞑想して呼ばれるまで待てば良いか。
くぅ。。。。
危うい。
昨夜は少し寝つきが悪かった。
危うく突っ伏して寝てしまうところだった。
あー早くご飯食べて帰りたい。
どうせ断るか断られるかするんだしさー。
脇息に軽く体重を乗せて仮眠をとることにした。
起きててもやることないし。妙なこと考えたりしかねないし。
「咲夜、起きなさい、ほら、起きて」
「何と言うか、肝が座っているのか? 見合いの前に居眠りとは」
「あなたの娘ですからね。慌てず騒がず良い子ですわ」
「そうだな。君に似て美しく育ってくれた」
両親だな。
私をネタにして互いに惚気あってる。あんたがたこそ肝が座ってるよ。
タイミングを見て目を開ける。
「さぁお見合い開始よ。ちょっと変わった点もあるけど、概ねOK。全く引けを取らないと思うわ。私たちが調べる時間がないのがちょっと不満だけど、仲人さんに説明を受けて概ね私たちは良しと判断したから、会うだけ会いましょう。嫌なら本当に断って良いから」
概ねOK?
全く引けを取らない?
何の話をしているんだ?
先に写真と釣書を見てるし、もうここまで来てるし、お腹すいたしご飯食べたいので行こう。
両親には神妙に承諾したと頷いた。
「先様はもうお席にいらっしゃるそうだから」
仲人さんが迎えに来て両親とともに会場へと向かった。
母の教えでは着座して、紹介されるまでは相手を正視しないようにということだったな。
なぜだ。すでに写真で顔は見てるのに。
まぁいい。細かいことは気にしない。
なるべく俯き加減で仲人の発声を待つ。
は、早くしてくれ。なんかよくわからんがすっごく見られてる気がするんだ。
「本日はお日柄もよく」
おお。まじか。本で読んだことある。まじでそこから始まるんだな。
まずい。笑いが。
何とか抑えた。
「ではご紹介いたします。こちらが、五橋遼太郎さんです。えーこの度は、少々、なんと申しますか、手違いがあ・・・」
「五橋? 遼太郎?」
顔を上げてまっすぐに向かいにある顔を見た。
双子の兄でもいるのか?
この人が太郎だから、あいつは遼二郎とかあるかもしれん。
しかし、シルバーのフレームをかけて髪型を少々見栄え良くしているが、どうみても、あの、五橋じゃないか。
何を呑気に微笑みながらこっちを見てる!
「貴様、ここで何をしている」
「お見合い」
「謀ったか」
「そんなつもりはない」
「本気か?」
「本気だ」
どういうことだ。
なぜ、五橋がここにいる。
事前にもらっていた男性と少しばかり似ている気はしたが、まさかこいつが写真に細工でもしていたのか?
いや、違うな。名前が違う。釣書の内容が違う。
ああ、もう訳がわからない。
両親が先に呼ばれたのは、相手方の人間が変わるってことだったのか。お見合いはそういうものもありか?
「仲人さん、すまないが、五橋と二人だけで話をさせてくれないか。こいつのことはよく知っている」
仲人が顔面蒼白になりながらも頷いたので、五橋に向かって顎をしゃくった。
「行くぞ。ついてこい」
とは言っても、この場所は初めてで、道行くこの料亭の関係者にどこか二人で話せる場所はないかと問えば案内してくれたが、それは、きっと「あとはお若い二人で散歩でも」というくだりから行くであろう、整えられたそれっぽい庭がここなんだろうな。
くそ。
どうしようかと躊躇していると、目の前に手が差し出された。
「二人きりで話をするんだろ。庭ならちょうどいい、さ、行こう」
確かに、こんな玄関先で座り続けるわけにもいかないし、この問題は一刻も早く解決するべきだ。二人きりで話ができる場所なら贅沢は言っていられない、どこでもいいだろう。
差し出されている目の前の手をありがたくも掴むと、立ち上がらせてもらう。
手が引き抜けない。
ぎゅっと握られた手が、かつて引き抜いた要領でも、簡単に引き抜けないようになっているらしい。
五橋が歩き出したから仕方なくついて行かざるをえない状況だ。くそ。
庭は回遊できる作りになっているようで、いろんな見所が随所に配置されていた。美しく計算された植栽の見事なこと。思わず唸るしかない。
「綺麗だ」




