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欠けているもの  作者: たき


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10/22

10

 いよいよ、だな。

 ふう。

 明日は人生初のお見合いだ。


 自分の人生のことなんだが、まさかこういう展開があるとは思ってもいなかった。


 見合いが決まって、ここ1週間は五橋と色々話をして、ようやく腹をくくることができた。これもすべて五橋のお陰だ。最後にそっと、一歩先を行く五橋の背中を見て手を合わせておく。感謝の意だ。


 来週からはどうなるんだろう。

 一緒にお昼を食べに行けるんだろうか。


 あ?

 今、私、何を思った?

 不安、、、に思った?


 五橋と飯友じゃなくなるかもしれないことに、一抹の寂しさを覚えたような気もしないでもないが。


 うーん、これは、、、

 寂しい?

 悲しい?


 少なくとも、清々(せいせい)した感じじゃないのは確かだ。


 じゃ、なんだ、これ。

 胸の奥に、なにか、いる。蠢いている。

 嫌な感じだ。

 何か小さなうねりなんだが、気づいちゃいけないって本能がそう言ってる気がする。

 早めに蓋をしなきゃいけないって。


 「・・・おい、おい!」


 「あ、、、五橋、どうした?」


 「どうしたじゃねーよ。それはこっちのセリフだ。急に立ち止まって、どうしたんだ。体調でも悪いのか?」


 私、立ち止まってた?


 「すまんすまん。うっかり、午後の報告のことが浮かんできて、あーでもないこーでもないって、つい」


 その顔はなんだ?

 ぜんぜん信用されてない感。

 私の言葉が嘘だと完全に見抜かれてる気がしないでもない。


 いや、例えそうだとしても、認めなければいいだけだ。知らないふりで押し通せ。


 「さっきのお店、美味しかったな」


 「あん? 寝ぼけてんのか? まだ飯は食ってないぞ。今向かっているところだろう。本当にどうしたんだ?」


 あいやー。いやー。やややややー。

 どうした私。


 うっかりどころのミスじゃないぞ。


 食べたのに食べてないっていう方がまだマシだろう。食いしん坊だなぁあははーで済む。


 さっき食ったって私はいつ何を食った?

 多く見積もっても朝食だけだ。


 「あ、は、は、は、考え事も過ぎると時間の感覚もおかしくなっちゃうね。てへ」


 「キモいぞ。お前には似合わねー」


 くっ。

 的を得ていて反論できない。


 「えーと、今日はどこへ連れて言ってくれるんだい?」


 こういう時は、なかったことにするのが一番だ。


 高みから見下ろす気分はどうなんだい五橋よ。相変わらずの氷結っぷりだな。こっちはやりたくても椅子一個分はなきゃお前を見下ろせないんだよ。そんなことよりもどこに連れて行くんだ。


 「内緒」


 っかーーーっ

 そのセリフはな、ある小説では、内緒と言いながらふふん張りの笑みを浮かべたり、薄くウインクなんかするシチュエーションが描かれてたりする時に使われるセリフだぞ。

 五橋にはそんなスキルはなかったようだな。冷たくあしらわれた気がする。


 まぁ、そういうことされたらされたで、ドン引きするかもしれない。うん、想像してみたが、どんびく。

 五橋が普通の感覚の持ち主で感謝である。二転三転してすまない。一周回って戻って来たな。


 「そうか。ならば、心から楽しみにしていよう」


 そして私は姑息にハードルを上げてみるのであった。






 「家か」


 「そうだな」


 「完全な個人宅にしか見えないんだけどな」


 「完全に個人宅だからな、一応」


 ほんの少々小馬鹿にされた気がするが、五橋は顎でくいっと「行くぞ」と示すと躊躇なく数寄屋門をくぐって行く。この数寄屋門、なかなかどうして。個人宅でこういうのってちょっとすごい。


 「個人宅でもあるけれど、個人経営のうどん屋だ」


 「なんだって!? まさかの!!」


 「驚いたか?」


 「大いに驚いているけど、本当かどうかはメニューを見なければ」


 数寄屋門をくぐっり石畳を歩いた先の、入り口には大きな暖簾が出ており、さらに中へ入るとお出汁の良い香りが充満している。中は和モダンで統一されており、落ち着いて食事ができそうだ。


 「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」


 うどん屋でしょ?

 私の知っているうどん屋さんでは、中居さんはいないんですが。

 紋なしの色無地で名古屋帯で、ほぉおおお。

 これか、これが期待感ってやつか。どんなうどんを食べられるのか、非常に期待度が上がってきた。


 う・ど・ん♬ う・ど・ん♬


 妙な高揚感のため、お店の中を観察してしまうー。


 そんな折、視線を感じる。まぁ、五橋しかいないんだけど。

 ん? なんだい?

 そう意味を込めて見つめ返すと、ふいっと視線をそらされた。失敬なやつだな。まぁ最近いつものことだけど。だがすぐさま顔を向けて来て


 「いや、なんか、嬉しそうだなって思ってた」


 「おおお、わかる? だってさ、この門構えから店の造りから中居さんでこれでうどん屋さんなんでしょ? 一体何がどうなってるのか、もう頭の中は期待感からの大パニックだよ。連れてきてくれてありがとうな」


 しゃべっている間はこっち見てくれてるけど、お礼を言ったあたりでまたふいっと顔を逸らされた。あ、進むんだね。そりゃ仕方ない。

 それにしても五橋の態度もそうだが、さっきから私の腹の奥底の何かが浮いたり沈んだりしているのを感じるんだが。五橋の態度に左右されるっぽい。

 それと同時に、そこに深く注視しちゃいけないってアラームが脳から出てる。


 ふぅ。


 なんか嫌だ。

 得体の知れないものに、思考が邪魔される。くそー。それが五橋なら八つ当たりでもできそうなんだが、自分自身の腹のなかの何かっていうのが気色悪くてかなわない。

 美味しいうどんがちゃんと入るように、早くそいつを排除しておきたいくらいだ。


 「どうした?」


 どうした? それは五橋(おまえ)だろう。

 今は声に出してなかったと思うけど。いちいち人の機微を悟ってるような言動はやめてもらいたい。


 わけがわからないんだが、欲が出てきそうで、嫌なんだ。


 「なんでもない。いや、なんでもある。この香りの元であるお出汁を一気飲みしたくなってきてる」


 「あははは。わかる。この香りだけでヤバいよな」


 「もうね、メニューいらないから片っ端から持ってきてもらいたい。我慢できない」


 先の方からクスクスという笑いが聞こえてくる。中居さんにこちらの話が聞こえたようだ。


 「この香りは味も裏切りませんよ。ぜひ期待しておいてください。大将の渾身の作ですから」


 おおおお。

 中居さん、素晴らしい。思わずなんども頷いてしまう。




 部屋に通された。うどん屋なのに個室かよ。

 さすがだな。ブレないな五橋。


 中居さんが下がった後、メニューを見ながらああでもない、こうでもないと頭を悩ませるが、決まったぞ。


 「しじみのおうどんで」


 やってきたうどんには、これ本当にシジミ? と疑うレベルのアサリサイズのシジミがどーんと沢山乗っかってる。驚きとともに早く口をつけたくって仕方がない。


 五橋の方は「しっぽくうどん」というらしい。具がたくさん乗っててこれまた美味しそうだ。

 細長いそれは、タケノコか?

 だし巻き玉子も入ってる?

 くぅ、次回はそれにする。決めた。明日もくるぞ。あ、明日は土曜日だった。月月火水木金金だったら毎日来られるのにな。そこだけは残念だ。


 うどんだけに終わらず、五橋がだし巻き玉子一本と、おいなりを注文していたらしい。お稲荷さんの1個は私に供される、五橋の手によって。ありがとう。


 食べたいよー。早く食べたいんですけどー。

 だし巻き卵用に取り皿もセッティングしてくれる五橋には悪いけど、つい見ちゃうね。食べたくって。


 五橋がクスッと笑ってる。


 「どうぞ」


 「うん、いただきます」


 まずは、これまたいい感じの木製レンゲで一口。


 「ほぉおおおおお。なんだこれ。なにこれなにこれ。タンブラーに入れて持って帰りたい。仕事の間のお飲み物はこれでいい」


 店中に漂っていた出汁の香りは、中居さんのいう通り、全く期待を裏切らないものだった。十中八九分かっていたんだけど、実際に口にしてみるとこれまた衝撃的に脳髄に直接作用する美味しさだ。ああ、美味しすぎてくらくらする。


 「もう、ここのうちの子になる」


 ぶふっと目の前でうどんを吹いている奴がいるな。こんなに美味しいうどんといい香りのお出汁の香りに包まれた生活ってなんて素敵だろうって思わないか?


 「お前、ほんと変わってるよな。そういうところ、好きなんだけどな」


 今度はこちらがうどんを喉に詰まらせる番になった。鼻から出たら、笑い事じゃないぞ。私の名誉的に。


 「げほ、げほ、げほ」


 「落ち着け、ゆっくり食べろ」


 わざわざ私の背後に回ってきて背中をさすってくれる。以前、五橋が粉砕したエビを飛ばした時にさすってあげたことはあるが、確かに、これは楽になるな。本当に落ち着いて来た。


 「ありがとう。もう、大丈夫になった。助かった」


 「どういたしまして」


 ふわ!?

 なんだ、なにがおきてる!?

 「どういたしまして」の言葉と五橋の行動がリンクしなくてプチパニックだ。

 体がかちーんとフリーズしたんだが。やばい思考ももってかれる。


 「い、いつ、はし、さん?」


 なぜか私にまとわりついている五橋の腕があり、え? え? え? なにごとーーーーっ

 これはハグ?

 なぜに?

 うどん食ってただけだぞ。鼻に詰まらせそうになってただけだ。


 「ん?」


 なんか楽しんでるのか飄々としているのか、耳の間近で声がする。


 「あのー」


 「あと5秒だけ」


 「・・・はい」


 腕が解かれる瞬間、おでこになにか柔らかいものが触れた気がした。


 「はひー・・・ふー・・・すぴー・・・げほ」


 別に締め付けられていたわけじゃないのに、息まで止めてしまっていたようだ。肺いっぱいに空気を吸い込み深呼吸をする。

 落ち着いてきたところで私を呼吸困難に陥れようとした犯人を見ると、涼しい顔でうどんを食べている。ほんに、憎らしい。


 「い、言いたいことは沢山あるんだが、何から言っていいか分からないので、とりあえずは、うどんを食べてからにする」


 頭の中がいろんなものが錯綜してまったくまとまらない。

 ざっくりな上司から、とりあえずなんかいい感じで作ってみてと、キーワードだけ言われて資料作成を投げられた時のようだ。その後、全ダメ出しがでてムカついたんだがってところまで思い出した。


 時折視線を感じながら黙々と食べることに専念するふりをする。そうしていると本当にうどんに夢中になってしまった。大きめにそぎ切りされたネギと大きなシジミとうどんと汁。シンプルだが奥深い。

 もうね、3口目には五橋の所業なんてはるかかなたに飛んでった。五橋はうどんに負けたわけだ。


 「美味しすぎる、ここのうどん。出汁が絶品すぎて飽きる気がしない」


 たんぽぽと比べると普通のうどんの硬さではあるけれど、うどんの味もいい。食感もいい。この丼に入っているものの全ベクトルが合い、相乗効果を引き出しているんだろう。どんな人なんだろうな、こんなに美味しいものを作れる大将は。


 「大将好きだ。こんな美味しいものを作れる旦那様は素敵だろうな」


 はふはふと食べることに一生懸命で、自分のつぶやきが五橋の顔を歪めているのにも気づかず、ただひたすらに咀嚼を繰り返す。


 「はぁ、美味しかった」


 どんぶりの底を見せたぞ。

 うっかり忘れていたけど、お稲荷さんとだし巻き玉子もいただく。

 肉厚でふっくらとしてしっかり味がしみている揚げの中に五目ごはん。出汁の香りがしっかり残っているけれど、たまご本来の美味しさも相まってまるで茶碗蒸しを食べているかのようなしっとり感と卵焼きの歯ごたえ。


 「美味しすぎる・・・。こんなの、はじめて」


 なんだよ五橋。そこ、そんなリアクションってわけがわからないぞ。素直な感想を口にしただけだろう。なにを爆笑してるんだ。

 失敬なやつだな。


 まぁいい。

 こんなに美味しいお店に連れてきてくれたんだから大目にみよう。


 いつまでも笑ってるんじゃない。昼休みは短いんだ。


 「ごめんごめん。それにしても、あんまりにも美味しそうに、幸せそうに食べてるからさ、なんか目が離せなかった」


 笑いすぎて涙目になってる五橋の、表情が和らいで見える。ここ最近、疲れているようだったし、笑ったことで気持ちも楽になったのかもしれないな。五橋は笑顔の方がいい。氷結の表情は恐ろしいからな。


 「おい、五橋、ちょっと」


 まぁ汁物だからしかたないけど、襟元にちょっと飛んでるぞ。

 ちょっと失礼してハンカチで水分を吸い取ってやれば多少はマシになるかもな。


 「うん、大丈夫だ。一応目立たなくはなったが、帰ったらちゃんと洗ってもらうようにな」


 またしても最大限に目を見開いてフリーズしている。こいつはどんだけ日頃から目を開くのに力を惜しんでいるかだよな。


 「さ、帰ろう。意外と昼休みは短いんだぞ」


 テーブルの上には、何か入っていた痕跡も残らないくらい綺麗に食べられた器と箸だけを残して、今週末最後の仕事に取り掛かるために席を立った。

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