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第2話 やさしいパン粥

『お前のこと、聞かせてくれよ。これからしばらくお前でいなきゃいけないんだろう?』

『……お前じゃないわ。リナリーよ』

『じゃあリナリーのこと、聞かせてくれよ』

『普通、私が名乗ったら自分も名乗るものじゃない?』

『そうか? じゃあ俺はヴァイスだ。さぁ、聞かせてくれ』

『はぁ。まぁいいでしょう』


 それから食事が運ばれてくる間、リナリーの話を聞いた。

 どうやらリナリーは五つの頃から体調を崩しはじめたらしい。

 最初はそれでも出歩けたようだけが、そのうちそれも難しくなった。

 ベッドで一日を終える日が増えて、ひたすら本を読んで過ごす日も多かったとか。

 読んでいた本の内容は魔法に関するものが多かったそうだ。


 魔法というのは呪文を唱えたりすることでこの世の理を歪ませる術のこと。

 それの燃料として使うのが体に宿る魔力だそうで、その魔力が自分の許容量を越えて溜まってしまった事が原因でリナリーは魂の死を迎えた、ということだな。


 ちなみにこの世界は戦う時に魔法、というものが当たり前に使われている世界らしい。

 俺のいた世界では剣での斬りあいがメインだった、といったら『野蛮ね』といわれたからちょっとした口喧嘩になった。

 ああ、取っ組み合いの喧嘩は物理的に出来ないから口喧嘩になるのは当たり前か。


『……ま、まぁその辺りは尊重するけれど!?』

『……じゃあ俺もこの辺で納得しておくことにする』


 俺よりも精神的に大人なリナリーが譲歩してくれて口喧嘩は終わった。

 ちょっと二人の距離がいきなり近すぎるんだろうな。

 どんな関係であろうと距離が近すぎると喧嘩になりやすいんだろうから。

 それこそこりゃ夫婦(めおと)の距離だ。


「失礼いたします」


 ドアがノックされて、返事をするとメイドが部屋に入ってきた。

 押してきた台車にはふわりと湯気が立つ粥が乗っていた。

 中身はどうも米ではなさそうだ。

 まぁ魔法なんてものがある世界だから食い物も違うのは当然か。


『あなたにはちょっと物足りないかもしれないけど』

『いや、俺はなんだっていい。食えるだけでありがてえよ』


 俺は心でそう礼をいうと、粥を夢中で口に運ぶ。

 この温かさを感じたのは何年ぶりだろうか?

 もしかしたら生まれてはじめてかもしれないな。


「ちょっとじいっと見ていられると食べづらいんだが……んん、食べづらいのですが」


 俺の様子を伺っているメイドとやらに伝えると、では……と退出する前に銀の膿盆を渡された。


『私はああいうものでも吐いていたから……それで……』


 とリナリーは申し訳無さそうな声でいった。

 こんなに優しい食事もダメだったなんて、さぞ食事が苦痛だったろうな。

 俺はリナリーを不憫に思いながら、残った粥を大事に喉の奥へと流し込んだのだった。


 リナリーのいう通り、確かに量、味の濃さ共に少し物足りなかったが、食えるだけで御の字だ。

 少し食べ物を腹に入れた事で、急に眠気が襲ってきた。


『少し眠ってもいいか?』

『ええ。私は体力が少ないからすぐに眠くなるのよね』

『食器はどこで洗えばいいんだ?』

『洗う必要なんてないわ。サイドテーブルに置いておけば後でメイドが片付けるわよ』

『洗わないにしても、そんな無礼な真似はできんだろう』


 俺はメイドを呼ぶベルを鳴らした。


「やはりお食べになれませんでしたでしょうか……?」


 そんな事を言いながら先程のメイドがすぐに部屋へ入ってきた。

 おそらく部屋の外ですぐに駆けつけられるよう待機していたのであろう。


「いや、非常に美味かったぞ。馳走になった」

『ちょ、ちょっと……っ! 美味しゅうございましたっ!』

「美味ちゅうございました」

『ちょっと違うけど……もうそれでいいわ』


 俺がペロリと平らげた皿を見てメイドが口をパクパクとさせていた。

 なぜかおかしくなったのでくつくつと笑うと、それだけで体力を消耗する。

 なかなか難儀な体だな。


 それから皿が部屋から片付けられると、もう俺は我慢が出来なかった。


 リナリーにおやすみを告げると俺はゆっくりと目を閉じる。

 そういえばこの寝具はとても上等なものだな。

 置かれていた調度品も非常に高級そうだし、リナリーは身分が高い可能性が高いか。

 まぁそのへんは起きてから聞けばいいか。

 俺はそんな事を考えながらゆっくりと意識を混濁させていく。


『はぁ。ちょっと危なっかしいけど……悪いやつじゃなさそうなのが救いね』


 そんなリナリーの言葉を最後に聞いて、深いまどろみにとぷんと沈んだ。

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