第10.5部 漆黒の人格
ユキムラサツキからすれば、もうひとりの自分というのは偶然できた人格と思っていたのであろう。しかし、真実とは残酷なものだった。ユキムラサツキはこの人外が作った人格に過ぎない。サツキ自身は気づいておらず、彼女は二重人格を除けば普通の人間であると信じ込んでいる。人外はこれを利用して人間に成りすましていた。一般人に魔法が使えるわけがない。銃弾を避けるほどの身体能力などない。右目だけ赤くなる日本人なんていない。至って異端なのは、普通考えればわかることだ。だが、自分が他人の人格であることなど、相当頭をひねりださなければ考えが付くはずもなく、仮に気づいたとしてもすぐに受け入れる気にはなれないだろう。
アオダとダイショとの試合から二時間後、彼女は魔王立のコロシアムにある、選手専用の個室のベットに寝そべっていた。
「はあ、ついに人を殺っちまうとはな…」
彼女はユキムラサツキのもうひとつの人格。彼女の名は「ハヅキ」、だがサツキの恋人のような存在であった、あのハヅキではない。サツキがあのハヅキだと思い込んでいるだけだ。
「まさか、こんなことに巻き込まれるとは思わなかったぜ。サツキの人格ってのは、元は臆病で内気な性格だったはず。だからこそ何もさらけ出さず静かに暮らせるはずだった」
紅い眼がギラリと光る。人外、もといハヅキはため息をついた。
「サツキの奴、妙に落ち込んでいたな」
慈悲の心というものは彼女にはないが相棒と呼び合った存在。それにまだまだ利用価値はあるということもあり、何度か話しかけるものの心の底からサツキが返事することはなかった。
「…ここからは俺が試合に出るしかないのか」
ノックの音が響いた。うつ伏せになってから立ち上がり、一つあくびをいれて返事した。
「サツキ。いいか?」
「わたくしもいますわ」
「いいぜ」と一言かけるとハヅキはドアを開けた。
声でもうわかっていたが訪問者はアスタロトとミカエラだった。まあ、二人が来るのも無理はないだろう。あれほど残酷な光景を見せられたのだ。さらに人を殺しかけるというところまできてしまったのだ。
「サツキは大丈夫か?」
紅い眼の光を目の当たりにしたアスタロトは他人事のように問いかけた。
「いや、まだ落ち込んでいるぜ」
アスタロトは人の魂胆を見抜く魔眼を持っている厄介な奴だ。別に敵対しているわけではないが、こちらの考えが読まれるのは少し面倒だ。でも世界征服のような悪さをするつもりはないので魂胆を見抜かれようと関係ない。
「そうですか…」
こっちは天使のミカエラ。魔王杯のナンバーツーと称されるほどの実力を持つ、天使の一人。一応、俺は叶えたい願いがあるからコイツの存在もなかなかに厄介だ。実際、コイツと試合したことないが技をコピーしてアレンジする、技能簒奪が厄介でバスターブレイクをコピーされたらもう打つ手はないだろう、ブロックがちがうから恐らく、決勝で当たることになるだろう。
この二人に関しては問題ないのだが、魔王ローラン。彼女は要注意人物の一人になりうるだろう。彼女はサツキに好意を持っている。
「魔王様がお呼びだ。今からでも大丈夫か?」
「無理しなくてもいいですのよ?」
俺は立ち上がって、二人の間から道を開いた。
「ごめん。もうちょい後にしてくれる?今、鬱憤溜まってんだわ」
用もないのに俺は練習場へと向かった。
俺の目的は静かに暮らすこと。
「そのためにもお前が必要なんだサツキ」
人指し指の爪を噛み、紅い眼を前髪で隠した。




