怨み
今井ちゃんの体が倒れる。血が飛び散っている。
周りから、悲鳴が聞こえる。
声が出ない。あまりの衝撃に。一部始終見ていたはず。だけど、何が起こったのか分からない。
「ひい、ふう、みい。ええと、八人くらいですか。ちょっと。多いですわねえ。こんなにお相手するのは本意ではございませんの。わたくしに怨みはありませんし、わたくし自身で行うのは、非常に疲れますし。せいぜい、あとお二人ほどでしょうか」
こちらをじっと、覗き込んでいる。
青白い肌。切れ長の目。
腰が抜けて、座り込んでしまった。
怖い。
怨み?
警察!警察!
紗和さん!逃げて!
周りの声。動けない。
「あなた、お手紙読んでくれたのでしょう。嬉しいわ。全部読んでくれたようね。少し、お話しませんか。お茶とスコーンも用意して、と言いたいところですけど。おほほ」
「紗和さん!」
同僚が近づいてくる足音がした。
だめだ、たぶん、だめだ。
「だめ─」
口を開いたが、声がかすれてる。というか、言い切るその前に。
首のない死体が、ひとつ増えた。
「ふう。わたくし、お話したいのに。疲れてしまいますわ」
悲鳴がまた大きく響く。逃げ出していく同僚たち、動けず、泣きながらこちらを見る人の姿も。
「わたくしも少々困っておりまして」
青白い肌が、首を傾げる。
「このビルディングが、対象になっていることは確かなのですが。なんだか、対象が不明瞭なもので。壊れてしまっているような、そんな感覚なのです」
「こわれて、る・・・?」
「ええ、わたくしも詳しくは存じ上げないのですが。怨み、ですとか憎しみ、ですとか。そういった思念が奏でるようですね、音楽を。そうして、音頭がとられるのです」
ギイン、バッタン、エラ、ホイ、サー
「わたくしは一緒に踊りまして、踊っているのですけど、どんどん見えなくなって。モヤがかかるという表現になりますでしょうか。まあ、最後は、誰かしら殺しているんですね、おほほ」
「あなたが、ぜんぶ。手紙、の」
「そこまでは見せてくれないのです。どうも、その方の体をお借りする形になるのでしょうか。ただ、あくまで殺すのはその方ですわ。わたくしはお力添えをするのみのようで。どうやって殺したかも、よくわかりませんの。苦しんでお亡くなりになっているのは、確かなはずですが」
「手紙は、なんで」
「こちらに、怨みの思念がたくさん集まっていたでしょう。そういう時って、すっごく音頭が軽快になって、とっても楽しいのです。なので、思念をもっと、と強い怨みを提供するように、意思が働いたのでしょうね。」
私、怒ってますの企画が、思念を呼び寄せた─?
「ただ、今調子が狂ってしまったのはそれとは別で。どうやらたくさんの方に怨みを持たれた方がいましたの。本当にたくさん。なので、うまく音頭が取れなくなったのね。鈴木さまという方に対してはご協力できたようですけど、まだ足りなくって。それに、モヤがかからないのです。モヤがかかって、雨が降ったら、終わっているはずなのですけど。なので仕方なく、わたくしが直接処理させていただかざるを得ないのです。そうすれば元に戻るみたい。本当にわたくしもあまり分かってないのですけれど」
あの記事。社内で編集して、最終チェックをした。
そして、公開の設定をした。
「この場所に、怨みがあるようで。そして、貴方様にも、おそらく怨みはあるみたいですわ。だけど、なんだかぼんやりしてしまって。どなたというのが不明瞭なので、仕方なく、数で解決ですわ。おほほ」
震えている。逃げたい。でも、動けない。恐怖だろうか、なんだか縛られているような感覚。
「あなたは、何なの・・・?」
「わたくしも、あまりよく分かりませんで」
おほほ、と屈託なく笑う。
「わたくし、基本的に怨みの思いで作られているようです。豆子という名前は、お父さまがつけてくだすったと『記憶は』ございます。だけど、本当にわたくしの体験なのか、わたくしにもわからないのです。どうしてわたくしが呼ばれるのか、どうして殺すのかなんてことも、わかりません。まあ怨まれてらっしゃるのは事実のようですし、その怨みの大小は、わたくしの知ったことではありませんので」
青白い肌が、より一層白くなったように見えた。もう少しで、透き通りそうなほどに。
「おほほ、生身の方とお話したの、本当にお久しぶりでした。やっぱりお話って楽しいですわね。わたくしばかり喋って、ごめんなさいね。でも、もう声も出ないようですし、楽になさってください」




