第11話 VRLの進軍
「それが一番効率的だからさ」
返り血を拭う様子を見せずに肩を竦め、大介は冷めた表情でアンナを見た。
「あのですね! 人間にとって話し合いは最も賢い行動なんですよ! こんな殺し合いなんて、非効率的です! とてもホモサピエンスの行動とは思えません!」
彼の言葉に臆することなく、アンナは声を荒げる。
彼女の怒りに満ちた声が室内に響き渡る中、大介は深い溜め息をつきながら美月を見た。
そして、彼女の鋭い瞳と再び交差する。
「いいか、お嬢ちゃん。この終末世界ではな――話し合いなんざ、戦前のお金ぐらい価値がねぇんだよ」
華麗に弾倉から空薬莢を排出させて、新品の弾を装填しながら大介は言葉を口にした。
その声は低く、しかし確固たる自信が感じられるものである。
「覚えておけ、ネオテックスガール。この終末世界では話し合いよりも、撃ち合いの方が早いし効率的だ。なにより、敵に背中を向けることなく、結果を手に入れる事が出来る。わかったか?」
冷ややかな笑みを浮かべながら、彼は拳銃を片手に肩を竦めた。
「んなわけ、あるか……!」
震える手でアンナは顔に付着した血を、もう一度拭い声帯を震わせながら言葉を吐く。
「道徳を捨てたら、人間終わりですよ!」
彼女の声は怒りで震えが増していき、そのまま足を前に一歩踏み出した。
その瞬間、アンナの全身から放たれる怒りが、室内の緊張感を更に高める。
彼女の言葉を聞いて大介は、一瞬だけ静かにアンナを見つめた。
しかし次の瞬間、彼の表情には薄く冷笑が浮かぶ。
「おっと……すまねぇな。お嬢ちゃん、俺はな、残念ながら”人間”じゃねぇんだわ」
肩を竦めて大介は、軽い口調で言葉を続ける。
その態度にはふざけた色合いが濃く、明らかに相手の怒りを茶化していた。
「俺は……生粋の古株のグールだぜ。道徳なんてもん、最初から持っちゃいない」
自らの胸を親指で差し、大介は乾いた笑みを盛大に浮かべる。
そしてアンナの目が見開かれると次の瞬間には、さらに強い怒りの衝動が燃え上がったように見えた。
「ふざけないで! 人間じゃないからって、命を軽く扱っていい理由になりません!」
彼女は震える拳を握り締め、大介に向けて叫び散らかす。
そしてアンナと大介のやり取りが一段落した直後、対空ミサイルの発射音が鈍く地響きのように遠くから建物全体へと伝わる。
金属が軋むような戦闘機の方向が、それに重ねるように連続して鳴り響いた。
アンナは突然の轟音に反応し、肩を震わせる。
続くのは激しい振動。
建物そのものが軋み、床が僅かに傾くように、揺れが全員の足元に伝わる。
天井からは微かな砂塵が降り、壁に掛けられた装飾品などが鈍い音を立てながら揺れ動く。
「ひ”っ”……!」
短く悲鳴を上げる彼女。
華奢な身体が、一瞬にして硬直し、瞳を大きく開ける。
その瞳には涙が滲み、理不尽な恐怖に囚われた、小動物のような震えが見て取れた。
「大丈夫だ、アンナ……!」
和真もまた驚きの声を漏らしたが、すぐにアンナの肩を掴み力強く引き寄せる。
彼の腕に抱かれると彼女は、無意識にその胸元へと顔を埋めた。
「怖い……もう無理……!」
アンナの声は震え、か細く途切れ途切れである。
彼女の震えと涙を隠すように、和真はアンナを力強く抱き締めた。
しかし彼の手もまた小刻みに震えており、その声には動揺が隠し切れない様子。
「アンナ、大丈夫だ。俺がついてる……!」
そう言い聞かせるように和真の声は響くが、彼自身の瞳にも恐怖の色が宿る。
そんな親子の様子を大介は、視界の端で捉えてしまう。
父娘が震えて抱き合う光景が不意に、彼の中で奇妙な違和感を呼び起こす。
しかし、その一瞬の隙が命取りとなる。
――美月は、その瞬間を見逃さなかった。
彼女は揺れに合わせて低く構え、鋭い目付きで大介の隙を見極めると、一気に動き出す。
「……っ!」
そんな美月の動きは、まるで疾風のようだ。
無駄のない身体捌きで一瞬にして距離を取り、大介との対峙を放棄して部屋の出口へと向かう。
刀を振り上げて牽制するように、振りかざしながら足音さえも、軽やかに走り抜ける。
「逃げる気か……!」
大介は気づき目を向けた時には、既に彼女の背中が出口に迫っていた。
「逃がさねぇよ!」
大介の声には冷たい決意が込められている。
彼は迷いなくマグナムピストルを構えて美月に狙いを定めた。
引き金を引く動作には、一切の躊躇がない。
「――――ッ”!」
乾いた銃声が鳴り響いた。
弾丸は美月の動きを正確に捉え、彼女の横腹を貫通してゆく。
鮮血が空中に弧を描き、その滴が床に落ちる。
「……ぐっ……!」
美月は低く、唸り声を上げた。
その顔は苦痛に歪み、身体が一瞬だけ大きくよろめく。
それでも彼女は、立ち止まらない。
横腹を押さえつつ苦し気な表情を浮かべつつも、その脚は尚も出口を目指し続ける。
「あのアマ、一体なにを考えていやがる……?」
美月が部屋を出て行き姿を消す直前、その背中を睨みながら大介は口を開いた。
そして彼女から意識を外すと、大介は矢継ぎ早に先程から一層、騒々しさを増した外へと視線を向ける。
この部屋の壁の一部は大きく崩壊しており、そこから外の景色が一望できるのだ。
だが、その景色は絵画や写真のような美しさとはほど遠く、目を背けたくなるような地獄絵図そのものだ。
外では数多のVRLの戦闘機が轟音を立てて飛び交い、黒煙を上げる瓦礫の土地に向けて次々に降下兵を投下してゆく。
パワーアーマーを装備した兵士や、一般装備の兵士たちが地上で、灰の信徒の兵士たちと激しい銃撃戦を繰り広げている。
爆発音と銃撃音が絶え間なく響き渡り、血と火の臭いが遠くからでも鼻をつく。
散らばった死体が赤黒く染まる泥と、瓦礫の中に無造作に横たわり、どちらの勢力の兵士であるかを問わず、その場の凄惨さを物語っている。
大介は眉を顰めながらも、一瞬視界を凝らした。
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