第8話 不穏な空気
「お前が、その総理大臣の直系の子孫だって言うなら、本来ネオテックスで暮らしているんじゃないのか? 当時の上級国民たちは、第三次世界大戦が始まった時点で、一部の民間人と軍人を残して安全なネオテックスに、一目散に逃げ込んだはずだ」
彼の声には嫌味と冷静さが滲み、鋭い視線が美月を突き刺す。
大介の言葉に含まれている暗黙の問いは明確だ。”なぜお前がここにいるのか?”という疑念。
「ふっ、生憎と私は生まれも育ちも、この荒廃した地上世界だ」
部屋の中に漂う緊張感を断ち破るように美月は低く笑う。
彼女の声は力強く、どこか誇り高い響きを帯びていた。
美月の眼差しは大介を正面から捉えて、その鋭さに揺るぎは見えない。
「もっとも、何代か前の私の先祖は、ネオテックスに住んでいたのかもしれない。だが、それがいつのことか、正確にはわからない。ただ一つ言えるのは、何かしらの理由で、私の家系はネオテックスを捨て、この荒廃した地上世界で生きる事を選んだという事だ」
静かに言葉を紡ぎながら美月は、自身の胸元へと手を伸ばした。
彼女が着ている灰色のロングコートは使い込まれており、無数の傷や擦り切れた部分がある。
そのロングコートの胸衣嚢から取り出したのは、一つの古びた金属製のバッジだ。
そのバッジは直径が五センチ程の円形で、中央には日本国旗を模したデザインが施されている。
外緑には精密な彫刻があり、周囲に菊の紋様が描かれていた。
それは、ただの装飾品や安っぽい模造品ではないという、威厳を感じさせる風貌である。
バッジの表面には長い年月を経た影響で擦り傷が無数にあり、金属の箇所には部分的に錆びついているが、中央の紋章は尚も鮮明だ。
「これが当時の総理大臣の直系の子孫でもある、この私を示す証だ」
そのバッジを手のひらで持ち美月は、まるでその重みを感じているかのように、一瞬だけ視線を落とす。
「当時の現職の総理大臣だけが持つ事を許された……この勲章、それを今ここで示した意味、わかるだろう?」
手のひらに乗せられたバッジを、大介の前に差し出すと、美月は堂々とした口調で問い掛ける。
「それは……まあ、いいだろう」
僅かな興味と疑念に惹かれ、一歩前に出て大介はバッジを凝視しすると、その細部まで目を凝らし僅かに眉を上げた。
「確かに、こいつは本物のようだな。当時の混乱に乗じて盗まれた可能性も否定はできんが……まあ、一先ずは、お前が”アイツ”の子孫であることを認めてやる」
彼の言葉には完全には信じていない響きが含まれている。
そして暫く部屋に言い知れぬ緊張感が漂うと、それを打ち破るようにして外からけたたましい足音が鳴り響いた。
その音は次第に大きくなり、やがて部屋の扉が乱暴に開かれる。
そこに現れたのは一人の若い男の警備兵だ。彼の顔は蒼白で額には、大粒の汗が滲んでいる。
その慌ただしい様子から、ただ事ではない事態が起きたことは、誰の目から見ても明白だ。
「棟梁!」
息を切らしながら警備兵は叫び、部屋の中へと駆け込んでくる。
背中に装備された突撃銃が揺れ、その動きが彼の焦りを更に際立たせていた。
美月は眉間に深い皴を寄せながら、その男を睨むように見つめる。
「報告します! たった今、索敵レーダーにて、大量の航空戦闘機を確認しました!」
彼女の気迫に圧倒されながらも警備兵は、震える右手を自身の胸に当て敬礼を行う。
その声は、やや上擦っていたが抑揚をつけず、事実を正確に伝えようとする職務意識が感じられる。
「航空戦闘機だと?」
美月の声は低く、しかしその一言には重い威圧感が込められていた。
「はい、その数……尋常ではありません。調査を進めた所、それはすべてVRL――ヴィジランスリージョンに属するものだと確認されました。航空戦闘機だけでなく、地上部隊の移動も確認されています。方向は……」
重々しく頷き、警備兵は懸命に息を整えながら、話を続ける。
「……ここ、国会議事堂だな」
彼の言葉を遮るようにして美月は言い放つ。
その声は冷静そのものだが、瞳には何かを決意したような強い光が宿る。
「はい、その通りです! 戦闘機の数から推測するに、これはVRL全軍が動いている可能性があります! 現在の進行速度を考慮すると、数十分以内に国会議事堂へと到達する見込みです……」
勢いよく頷きながら警備兵は言葉を続けて、避けようのない事実を口にした。
「つまり、全面戦争は避けられないという事か……」
美月が短く言葉を紡いだ。
その一言が部屋全体の空気を、更に重苦しいものに変える。
「随分と派手に動いたもんだな。VRLの野郎共が」
軽く肩を竦めながら、大介は吐き捨てた。
その声は軽薄でありながら、その裏に潜む洞察力を感じさせる。
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