第3話 魅惑の女性
「ちっ、運が良い野郎だぜ」
マグナムピストルを腰に戻しながら大介は吐き捨てた。
その言葉には未練と皮肉が込められていたが、彼がマグナムピストルを下げた事で場の緊張感が僅かに和らいだ。
警備兵は大介の動きを察していたのか、それとも気づかない振りをしていたのか分からない。
ただ、彼は何も言わずに扉を押し開けた。
「棟梁がお待ちだ。くれぐれも無礼がないようにな。次はないぞ、腐敗野郎」
そう短く告げると警備兵は大介を睨みつけ、最後の警戒を露わにしたまま、その場を離れてゆく。
そして開け放たれた扉を眼前に捉えると、二人は軽く身嗜みを整えてから、静かに部屋の中へと足を踏み入れた。
すると部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、外部の荒涼とした風景とは異質な光景が広がる。
内装は異様なまでに整然とし、豪華さを極めた家具が並べられていた。
高価な絨毯が敷き詰められた床には一点の埃も見当たらず、壁には古代の芸術品を思わせる絵画が飾られている。
部屋の中央には大理石のテーブルが置かれ、その上には湯気を立てる餃子や炒飯、艶やかなラーメンが所狭しと並べられていた。
食欲をそそる中華料理特有の香ばしい匂いが漂う一方で、どこか異様な空気が部屋全体を包み込んでいる。
そして部屋の中心に君臨し、客人の来訪にも関わらず優雅に食事を続けていたのは、一人の艶やかな二十代後半の女性だ。
彼女は一見して身長が百七十ほどあり、その存在感は圧倒的で、すべての視線を釘付けにする。
艶やかなダークピンクの髪は緩やかなウェーブが掛かり、肩を過ぎて背中の中央ほどまで流れ落ちていた。
毛先は、まるで焦げたように黒く染まり、そのグラデーションは炎の揺らぎを思わせる。
電球の下では髪全体が煌めき、まるで動く宝石のようだ。
陶器のように滑らかな肌は、月光を吸い込むかのような白さだ。
首筋や鎖骨は無駄のない滑らかなラインを描き、どんな装いも彼女の美しさを損なうことはない。
腰から続くカーブは、彼女の身体が念密に作り込まれた彫刻のようで、官能的な曲線を見せつける。
瞳は深いエメラルドグリーンで、まるで底無しの湖のような輝きを放つ。
唇は瑞々しい深紅色のグロスで彩られ、厚みのある形が際立つ。
ウエストは絞られており、その先に続く腰回りからヒップラインに掛けての曲線は、思わず目を奪われる程に官能的。
耳元には華奢なフープイヤリングが揺れ、彼女が動く度に光を反射して煌めく。
そして彼女が身に付けている、艶やかな灰色を基調としたロングコートには、灰の信徒の紋章が裾や袖口に施されている。
コートの下には黒色のボディースーツを纏い、体のラインを完璧に強調している。
胸元には深いスリットが入り、鎖骨から腰に掛けて曲線が大胆に露出。
動き易さとセクシーさを両立させたデザインだ。
脚には高めのヒールがついた、黒革のロングブーツを履いている。
肘まで覆う灰色の節糸の手袋は、表面に薄い防刃加工が施されているようだ。
そして大介は、そんな妖艶な雰囲気が漂う彼女を見ていて、本能的に理解する。
彼女こそが、この”灰の信徒”と呼ばれる組織の棟梁なのだと。
その存在そのものが、支配力を象徴しているかのようだ。
彼女は姿勢を崩すことなく足を組み、テーブルに置かれた料理を優雅に楽しんでいる。
細い指先で箸を持ち、餃子を一つ摘まみ上げると、それを吟味するかのように見つめていた。
その仕草には一切の隙が無く、すべてが計算され尽くしているかのようである。
大介は室内を一瞥し、最後に不自然の塊とも言うべきか、一つの巨大な檻に目を留めた。
その中には痩せ細った中年の男が項垂れている。
首に巻き付いた鎖と無数の傷跡が、彼の境遇を物語るかのようだ。
その者の詳しい容姿としては身長が百八十ほどあり、短い黒髪は荒れ果て焼け焦げたように不揃いに抜け落ちている。
残された髪は暴行でも受けたのか血と灰で固まり、頭皮には軽度の火傷の跡がまばらに刻まれていた。
眉は薄くなり焦げた毛先が彼の苦痛を物語る。
顔の右側は浅い火傷でただれ、皮膚が赤黒く再生しかけていた。
瞳は濁りにまみれた琥珀色をしており、まぶたは腫れて乾いた血が睫毛の根にこびりついている。
表情は殆ど動かず、唇は乾きひび割れていた。
その者の身体は満足に食事を与えられていないのか、拷問でも受けたかのように極度に痩せ細っている。
筋肉は削げ落ち肩は下がり、背中は常に僅かに前屈みだ。
そして今現在、彼が身に纏う衣服は、スリーピーススーツの残骸である。
深いチャコールグレーだったはずの生地は、今や煤と血に染まり原形をとどめていない。
袖は破け片方の膝からは、布が完全に焼け落ちている。
白かった襯衣は灰色を通り越して、黒ずみと汗と焦げた臭いが染み付いているようだ。
襟締は首の途中で焼け切れており、その端は焦げて硬化している。
金色に輝く腕時計は、今も彼の左手首に残されていた。
しかし、その風貌は破れ、針は止まったままである。
足元の靴は片方しか残されていない。
もう一方の足は裸足の状態であり、焼け焦げた後が皮膚に食い込んでいる。
そして檻の中に囚われている男を視界に捉えて、大介は僅かに考え込む仕草を見せると霧が晴れるように、例の依頼書に記されていた人物の似顔絵が頭の中で鮮明に浮かぶ。
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