第30話 クレイジーサイコレズ
「その組織のトップ……いや、棟梁と呼ばれている奴は、クレイジーサイコレズで有名な女だ。名前は知らねぇし、会ったこともねぇが、噂じゃ人前には殆ど洗われねぇらしい」
「クレイジーサイコレズ……って、つまりどういう……?」
彼の話を聞いて頬を若干赤らめつつも、アンナは声を小さくして尋ねた。
「あ? 字面の通りだろ。まあ、奴の性癖なんざどうでもいいが、問題はそのやり方だ。相手に興味がねえと会おうともしねぇ。逆に言えば、あいつに興味を持たれたら最悪、逃げ場なんてねえってことだ」
「そんな怖い人が棟梁なんですね……」
真剣に大介の話を聞いていたアンナは、軽く息を呑み少し表情を曇らせる。
「組織自体も厄介だ。構成員の数が膨大でな、各地に兵士を送り込んでいやがる。それだけじゃねえ、情報網だって広範囲に張り巡らされている。連中の目と耳は至る所にあって、最初の情報を常に掴んでいる。何かを隠そうと思っても、ほぼ不可能だと思え」
小さく頷きつつも大介は更に話を始めた。
「それと親父が捕まっているって話だが、それが本当なら灰の信徒のことだ。きっと碌な事にならねえってのは間違いねえ事実だ」
大介の声には重みがあり、その冷静さが一層の緊張感を高めている。
「……疑う訳ではありませんが、グールさんの言っている事は本当ですか? カナエさん……」
不信感が許容値を超えたのか眉を顰めながら、不意にアンナはカナエに確認を取るように尋ねた。
「ああ、間違いないよ。ホロコーストが言ったことは、すべて的確だ」
穏やかな笑みを浮かべながらも、カナエの視線の奥には微かな緊張感が滲む。
その言葉にアンナは小さく頷きながらも納得したようである。
「……でも、どうしてグールさんは灰の信徒について、そこまで知っているんですか?」
彼女の顔には、まだ疑問の影が残されており、僅かに首を傾げながらも再び口を開いた。
その問い掛けに対して、大介は目を細めながら肩を竦める。
「俺を誰だか忘れたか? 古株のグールだぞ。二百年も生きてりゃ、嫌でもそういう組織の情報が耳に入ってくるんだよ。長生きの利点の一つだな」
薄い笑みを浮かべながらも、大介の冷ややかな表情は、どこか諦めと皮肉が入り混じるようだ。
「なるほど、そういうことですか。流石ですね、ホロコーストさん」
彼の言葉に一瞬だけ気の抜けた顔を晒すが、すぐに笑みを浮かべて少し照れくさそうに肩を竦める。
「だがよぉ……気になるぜ。なぁおい、カナエ。どうして、そんな貴重な情報を俺たちに話した? なんんのメリットもないだろ」
アンナとの会話を終えると大介は、彼女に背を向けて目線を鋭くカナエへと向け、少し眉を顰めながら冷たい声を発した。
その言葉は、まるで刃物のように鋭く、容赦のない問い掛けである。
その場の空気が微かに張り詰めてゆく。
大介の手は自然と腰の拳銃嚢へと伸び、指が銃を包み込むように添えられた。
その仕草には明確な警戒心が現れており、カナエが何かを企んでいるのではないかという、疑問がはっきりと伝わる。
「別に深い意味はないよ。まあ、それでも強いて言うのであれば――――」
不気味な笑みを浮かべ始めると、その笑みが表情の全体に広がり、カナエは静かに肩を揺らしながら口を開いた。
そんなカナエの声は朗らかだが、どこか底知れぬものを感じさせる。
「ここでキミ達に恩を売っておけば、後々なにかと利益が生まれそうだなって思っただけだよ」
ゆっくりと手を挙げると、大介の疑問を払うように、カナエは穏やかな口調で続けた。
その言葉は、あまりにも軽々しく、しかし妙な説得力が込められている。
カナエの表情からは本当に他意がないように見えるが、それが逆に不信感を増幅させるようだ。
大介は一瞬、目を細めてカナエを凝視する。
そして彼の笑顔の奥にある真意を探るかのように、しばし無言の間を作り上げた。
カナエの態度に微塵の揺らぎもないことを確認すると、ゆっくりと大介は手を銃から離して軽く肩を竦める。
「本当に他意がないってわけか。お前の考えは相変わらず、よく分からねえな」
ため息混じりに大介は静かに言葉を紡ぐ。
その言葉には何処か呆れたような響きがあるが、大介の表情は次第に冷静さを取り戻した。
彼の殺気は霧散し、場の緊張感が少しずつ薄らいでゆく。
そしてカナエは右手に所持していた通信機を腰の鞄に収めると、大介とアンナに向けて穏やかに微笑んだ。
その表情には責任を背負う者、特有の疲労が滲んでいたが、それを隠す余裕も見せている。
「本音を言えば、僕たちも同行して手を貸したい所なんだけどね。生憎と、この平和特区を空ける訳にはいかない。ここを守るのが僕の役目だからさ。あとの事はキミ達に任せるよ。せいぜい、死なないようにね」
カナエの声には申し訳なさと、信頼の色が複雑に混ざり合う優しいものだ。
大介はカナエを凝視すると、しばし無言の状態を貫く。
冷めた眼差しの奥には、どこか複雑な感情が垣間見えたが、それを言葉にするつもりないようだ。
そして一拍置いてから大介は、鼻で笑うように軽く息を吐く。
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