第23話 黄昏の覇王
「お母さん!」
「無事でよかった!」
「本当に、ありがとう!」
至る所から感極まる声が鳴り響く。
その中には声を詰まらせて、言葉にならない者も居た。
カナエは肩越しに後ろを振り返り、救助した人々が再会を喜ぶ様子を無言で見守る。
その視線には疲労と達成感が滲んでいた。
しかし一息つく間もなく彼の周囲には、続々と若い女性たちが集結して黄色い声を上げる。
「カナエさん! 今回も無事だったんですね!」
「貴方が戻られなかったら、どうしようかと……!」
「私、ずっと心配してたんです!」
それぞれの女性が一斉に、感謝や心配の言葉を投げ掛け、カナエに群がった。
その中には目に涙を浮かべている者も居る。
彼女たちの艶やかな顔立ちや、輝く瞳は朝日の光を受けて、一層美しく見えるようだ。
特に目立つ一人の女性は、長い栗色の髪を靡かせながら、カナエの腕を掴み切実な声を出す。
「カナエさん、本当にお疲れ様でした。なにか御礼ができれば……!」
「御礼は気持ちだけで充分でs。それよりも、このミュータントの生首を、門の前に晒しておいてください。そうすれば暫く奴らも、ここには近づかない事でしょう」
少しばかり気まずそうな笑みを浮かべながらも、カナエは左手に持っていたミュータントの生首を掲げた。
「わ、わかりました!」
女性たちは一瞬だけ驚愕の顔を見せて表情を引き攣らせたが、すぐに軽い返事をして受け取る。
そして女性たちが互いに視線を交わすと足早に門へと向かう。
「ったく、騒々しい連中だな。耳がいくつあっても足りねぇぜ」
彼女たちの反応を見て、大介は鼻で笑いながら、懐から煙草を取り出して火をつけた。
そんな皮肉めいた言葉を口にしつつも、彼の目は何処か楽しげである。
しかし大介の声は思いのほか低く、それに気がついた人々が一瞬だけ静まり返った。
「あの……本当に、ありがとうございます!」
突然、一人の若い女性が大介の方へと向き直り、深々と頭を下げる。
彼女は廃ビルから救助された者の一人であり、その表情には心の底からの感謝が込められている様子。
「おいおい、真っ当な感謝ならカナエに言っとけ。俺は無理やり付き合わされたに過ぎん」
煙草を咥えたまま大介は肩を竦めた。
そして次々に街の住民が、騒ぎを聞きつけて集まるという、一瞬の環境が生まれると、この場所は祭り会場のように騒がしくなり始める。
それは大介が苦痛を感じる程のものであり露骨に表情を顰めていると、カナエが彼の異変を察知して気を利かせたのか軽い咳払いをし、大勢の女性たちの黄色い声援に一瞬だけ視線をやった。
彼女らの目は星々のように輝き、カナエの一挙一動に熱狂的な関心を寄せている。
「みんな! ちょっと静かにしてくれ!」
右手を大きく挙げてカナエは、周囲の注目を自身に集約させると、その声は低くも覇気が込められていた。
そして周囲に集結した街の住民たちは一瞬で口を閉ざし、その代わりに息を呑む音だけが聞える。
「ありがとう。今の僕が、こうして生きて帰る事が出来たのは偏に、この男――いや、この英雄のおかげだ!」
優雅に笑みを浮かべながら、周囲からの視線を受け止めると、カナエは挙げていた手を、そのまま大介へと向けて、その”英雄”の存在を大々的に主張した。
そして次の瞬間、観衆の中から歓喜の声が轟くように上がる。
しかし当の本人でもある大介は、その称賛に興味を示さず、面倒くさそうな表情を浮かべていた。
「おいおい、何度も言わせんな。感謝は不要だ。それよりも約束の物資の量を、倍にしてくれりゃいいんだよ」
大きく肩を竦めると、大介は咥えていた煙草を地面に落とし、足で踏みつける。
そんな彼の言葉に、観衆から何人かの笑い声が漏れ、カナエも豪快に笑い出した。
「はははっ! キミは相変わらずだね。だけど、感謝の形は様々ってね。さぁ、約束の物資を運べ!」
徐に腕を広げるとカナエは、周囲の部下達に指示を飛ばす。
「そして――これよりキミを”黄昏の覇王”と称えよう。この名前はこの街――いや、全国の平和特区で知られる事になるだろう!」
部下に指示を出した後、彼は自然な流れで大介に向けて片膝をつき、右手を自身の胸に当て誓うように声を張り上げた。
「黄昏の覇王だぁ?」
その響きを一度口にすると、溜息をつきながら苦笑いを浮かべる。
「そんな大げさな名前いらねぇよ。俺はただ約束の物資と……アンナの指を治して貰えればそれでいい」
彼がアンナという名前を、凛とした声で口にした瞬間、周囲の空気が一変した。
人々は息を呑み、その名にカナエも反応して、一瞬だけ眉を顰める。
「ああ、分かっているとも。僕の友よ。部下達に全て用意させている」
大介の声に応えるようにして、カナエは両腕を大きく広げて口を開くと、傍に控えていた部下達が一斉に動き出す。
そして数人の男たちは巨大なコンテナを担いで現れ、その中には約束された物資が大量に詰め込まれているようだ。
缶詰、弾薬、水、そして貴重な医療品――それらが整然と積み上げられている。
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