第20話 ケルベロス
「ここがラストだな。よう、準備は出来ているのか?」
一瞬その扉を睨みつけ大介は、肩越しにカナエへと振り返る。
「ええ、もちろんです。終わらせましょう」
穏やかな口調でカナエは応じ、消音器付きの突撃銃を握り直した。
その態度は冷静そのものだが、自身の青い瞳の奥には、緊張感が滲んでいる様子。
やがて大介が静かに扉を押し開けると、中から漏れ出る明るい光が暗闇を裂いた。
その光源は焚き火である。
燃え盛る炎が壁や天井に奇妙な影を躍らせ、部屋全体に不気味な雰囲気を与えていた。
空気は鉄臭さと腐敗した肉の臭いで満ち、胸が詰まるような重苦しさが支配している。
最上階の部屋は、まるで原始的な戦士たちの王宮のように、装飾されていた。
壁には人間や動物の骨が組み合わされ、不規則に張り巡らさている。
天井からは朽ちた角灯や革袋が吊るされ、暗い光と影を複雑に交差させていた。
中央には大きな焚き火があり、その周囲には骨で作られた、椅子や机が無造作に並んでいる。
その中心に君臨していたのは、骨で組まれた玉座に悠然と腰掛ける巨体なミュータントだ。
通常のミュータントよりも遥かに大柄で、筋肉は銅のように隆々としている。
肌は緑色に腐食した金属のような硬さを持ち、無数の傷痕が、その戦歴を物語るかのようだ。
両腕にはミニガトリングが装備され、銃口が静かに揺れる度に威圧感が部屋全体に広がる。
「おう……まじかよ。お出迎えが随分と派手だな」
ガトリングを視界に捉えながら大介は小声で呟いた。
「気を付けてください。あの武装、正面突破は危険過ぎます」
冷静に忠告を入れるカナエ。
しかし、このミュータントの隣には、放射能の影響を受けて突然変異を起こした、二頭の異形の番犬すらも控えていた。
その姿は、まるで地獄から這い出てきた、ケルベロスそのものである。
三つの頭部が、それぞれ異なる方向を向き、鋭い牙を剥きだしにして、唸り声を上げていた。
体躯は異常なほど筋肉質で、焼けただれた皮膚が剥き出しである。
鼻腔を大きく広げ、侵入者の臭いを嗅ぎ取ったのか、咆哮を上げながら立ち上がった。
「人間が……この地に……何の用だ?」
ミュータントのボスは低いながらも、響き渡る声で二人に問い掛ける。
「お前を殺しに来た。悪いな、朽ちた城で王様気取りは今日までだぜ」
相手の問い掛けを聞き流すかのように、大介は肩を竦めながら、僅かに笑み浮かべながら応じた。
その軽口にミュータントの目が一瞬光を増し、番犬たちの唸り声が強くなる。
だがカナエは冷静そのものだ。
いつも穏やかな表情を崩さない、彼の顔が今だけは怒りに満ちている。
「お前たちのせいで、家畜は荒らされ。罪なき人々が攫われた……」
一歩前に出てカナエは、ミュータントに向けて、冷たい視線を向けた。
「ここに来るまでに、お前の仲間を全て殺してきた。その証拠を見せてやろう」
そう言うと彼は、自身のコートの衣嚢に手を入れて、何かを取り出す。
それは――ミュータントの眼球だ。
水分を失い乾燥した球体が、いくつもカナエの手の中に収められている。
その眼光をカナエは、一つずつミュータントの足元へと投げ捨てた。
眼球が地面に落ちる度に鈍い音を立て、それを目にしたミュータントの表情が僅かに歪む。
「お前……まじかよ……」
目を見開き、大介は全身に鳥肌が立つ感覚を受け、大きく後退る。
「ミュータントの眼球を、衣嚢に詰めていたとか、正気じゃねえだろ! 気持ち悪いったら、ありゃしねぇ!」
顔を顰めると彼は、腕で自分の体を抱き締めるようにして震えた。
ミュータントは、足元に散らばる仲間の眼球を見下ろし、その醜い顔を更に歪める。
赤く輝く片目が燃えるように輝き、全身の筋肉が怒りにより膨張していく。
「よくも兄弟たちを……俺の家族たちを……ッ!」
その声は咆哮に近く、焚き火の揺れる炎を掻き消すほどの、怒気に満ちていた。
骨の椅子から立ち上がると、ミュータントは片足を高く振り上げて、眼球を力強く踏みつぶす。
熟れた果実が潰れるような、奇妙な音が広がり、床に少量の血の飛沫が散る。
「殺せ! アイツらを!」
ボスのミュータントが二人を指差して命令を与えると、番犬である二頭の三つ首の犬が低く唸り声を上げた。
ケルベロスのような、その異形の番犬は鋭い牙を剥き出しにし、地を前脚で蹴る事で威嚇を行う。
その三つの頭それぞれが、獲物を貪るような目付きで、大介とカナエを睨みつけていた。
「来るぞ!」
短く叫び大介は即座に突撃銃を構える。一方でカナエも突撃銃を持ち上げ冷静に照準を定めた。
「俺達二人相手に、この犬までもけしかけるか。やる気満々ってことだな」
皮肉を込めた呟いたが、その目は一瞬たりとも敵の動きを離さない。
犬たちは低い咆哮と共に、床を強く蹴りながら、一直線に突撃してきた。
その速度は尋常ではなく、大介とカナエが発砲するまもなく、距離を詰めてくる。
「死になさいッ!」
叫び声を上げながらカナエは、突撃銃の引き金を引き撃ち続けた。
銃弾は焚き火の明かりに照らされて閃光を放つが、その弾道を見切るように犬たちは身を捩じらせて回避する。
その動きは、まるで影のように滑らかで、異様に鋭敏だ。
「おい……ちょっ、ちょっと待てよ! なんでこっちばかり狙うんだ!」
半ば叫びながら大介は連射を試みるが、犬たちは素早く体制を変えると、途端に狙いをカナエに絞り込んでゆく。
「くそっ! それは急すぎるだろ!」
相手の急な方向転換に、カナエは抗議するように叫びつつも、弾倉を空にする勢いで撃ち続けた。
しかし犬たちは執拗にカナエを狙い、大介の攻撃には目もくれない。
その動きは、あらかじめカナエが驚異であると、判断されているかのようだ。
そして、ついにその瞬間が訪れる。
一頭がカナエの左腕を、もう一頭が右腕に勢いよく噛みついた。
鋭い牙が防弾革製の服を、もろともせず肉に食い込む。
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