第6話 旅の始まりってか
「お父さんだと? ……ちょっと待て。お前は何を言っているんだ?」
「あっ、大事なことを言い忘れていました。ごめんなさいっ! 実は私……東雲和真の娘。”東雲アンナ”です!」
大介の疑問を聞いて彼女は思い出したかのように、自身の名前を元気よく言い放つと軽い会釈を行う。
「……なるほどな。どおりで、さっきから話が妙におかしいわけだ」
彼女の軽い口から突拍子もなく告げられた衝撃的な言葉に、大介は右手で自身の顎下を触るが、直ぐに状況を理解すると小さく頷いて全てを飲み込んだ。
「あはは……。それで……お願いがあるんですけど、私と一緒に外の世界を旅してくれませんか?」
何処か苦笑しながらもアンナは、瞬時に表情や口調を真面目なものへと切り替えると、彼に顔を近づけて本気の様子で頼みごとを口にする。
「はっ、お前の親父探しを、この俺様が手伝えってか? ……けっ、好きにしろ。ただし、俺の足を引っ張るなよ」
唐突な頼み事に大介は一瞬だけ表情を変えたが、それでも仕事を円滑に進める上でアンナの存在は重要な武器になりうるとして、直ぐに元の冷徹な顔に戻すと断る事なく今後の未来を見据えて許可した。
「はい! 分かりました! ありがとうございます! 親切な放浪者さん!」
旅の同行が許可された事でアンナは気分を高揚とさせたのか、その場で両手を挙げて何度も万歳を繰り返し満面の笑みを晒す。
「――だが、今から外に出る事はしねぇぞ。それは悪手に過ぎない。動くなら朝になってからだ」
頭に花でも咲いているかのように、浮かれている彼女を見つつ、大介は低く掠れた声を発するが、それは虚空へと堕ちる。
徐に懐から煙草を一本だけ取り出し火を灯すと、紫煙が彼の前を静かに揺れながら立ち昇った。
「お前が今すぐにでも外に出たい気持ちは、その顔を見てりゃぁ分かるが……。お前が思っている以上に、夜っつうのは色々と面倒だ」
煙草を咥えて有毒の煙を、一気に肺に満たして吐き捨てると、大介は続け様に口を開くが、その声には何処か達観したものが混じる。
「この時間になると特に、血の匂いに飢えた野郎どもが、眼を光らせて徘徊していやがる。獣だけじゃねぇ、人の皮を被った化け物共もだ。連中にとっては夜の闇こそが饗宴の時間だからな」
煙草を右手の人差し指と中指の間に挟み、根本を親指で弾き灰を落としながら彼は、終末を迎えた日本の夜の無法地帯ぶりを親切に説明した。
だが、その大介の言葉が終わる頃には、アンナが静かに頷く。
彼女の整えられた顔立ちは不安に翳るが、その瞳の奥には迷いのようなものはない。
「わ、わかりました……。では一旦ネオテックスに戻って、しっかりとした準備を整えます! ……ですが、私は必ず戻りますからね! ちゃんと、ここで待っていて下さいよ!」
終末世界特有の治安が完全に崩壊した日本の夜の話を聞いて、アンナは表情を曇らせて露骨に動揺した姿を晒すが、それでもその声には微かな覇気のようなものが込められていた。
そして、それだけ言い切ると彼女は回れ右をしてネオテックスへ戻り、その数秒後に再び警告音が響き渡る。
そのあと重厚な銅鉄性の門が、想像しい音を立てながら動き、数秒を掛けて出入り口は固く閉じられ、内側から錠が下りる音が鳴り響いた。
「まぁ、なんにせよ……一泊だな」
無機質に佇むネオテックスへと通ずる銅鉄性の門を視界に収めながら大介は呟くと、煙草を吸い終えて地面に落とし吸殻を足で踏みつぶしてから移動を開始する。
それから彼は野宿に適している空間を見つける事が出来ると、その辺りに落ちていた枯れ葉や乾燥した瓦礫などを集め、即席ではあるが焚き火の準備を整えた。
そして大介はライターの火を焚き火に放ち、一定の温かさと光源を手に入れると、その場に腰を落ち着かせる。
「ったく……本当に面倒な事になってきやがったな」
肩を竦めながら独り言を呟く彼だが、手を伸ばして傍らに転がっていた壊れかけの椅子を手に取り、脚を引きちぎると燃え盛る炎の中に放り込んだ。
すると新鮮な薪をくべられた事で、焚き火からは火花が舞い上がり、乾いた木材は何度も小さく爆ぜる。
夜は、まだ長い。風の音は不気味に空虚で時折、遠くから野獣の遠吠えが響く。
だがそれでも、彼の表情に焦りはなかった。
むしろ――この闇の中こそが、自分の居場所であるとでも言うように、どこか安堵さえ感じさせる顔である。
焚き火の赤が瞳に宿ると、大介は薄く笑いながら、懐から一本の煙草を取り出した。
「さて……朝まで俺の独り芝居ってわけか」
低く、くぐもったその声は、夜風に攫われて、どこまで虚空へと消えていく。
――それから瞬く間に数時間が経過して朝を迎えると、アンナは断言していた通りに旅の準備を完璧に済ませネオテックスから出て来た。
そして大介は覚悟を決めた、彼女の軽やかしい足取りと共に、廃墟と化した家康城を出る。
「これが……地上の世界……! これが……核が落ちた後の日本!」
ネオテックスにて生まれて今まで地下暮らしをし、一度も地上へと出た事がないアンナは、生まれて初めて外へと出た瞬間に突風に吹かれると、それは彼女の頬を撫でるように触れた。
湿り気を帯びた風は冷たく、肌をざらつかせるようだが、それ以上に今のアンナは気分が高揚としている様子。
空はどんよりとした曇り、薄い灰色の雲が一面を覆う。
雨が降り出す予感を含んだ風が吹き、草木の生える瓦礫の隙間からは奇妙な臭いが漏れる。
どうやら長年、隔離された生活をしていた事からアンナの五感は、それが全て新鮮に感じられるようだ。
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