第7話 ヴォイダー現る
「さて! それじゃあ、行きますよ! 私の父を探しに!」
周囲を見渡しながら向日葵のような笑みを零す彼女は、早く地上を歩き回りたいと言わんばかりに、その場で大きく足踏みを行う。
「ああ、そうだな。……だが、ガキのようにはしゃぐなよ。お前みたいな気分のみで生きていそうな軽い奴は、輩からすれば絶好の得物だからな。しかも容姿の優れた女ってのは、何処に行っても目を付けられる。最低限、自分の身は自分で守れ。いいな?」
鬱陶しい程に気分を上げている様子の彼女の横に立つと、大介は外の世界の注意事項のようなものを吐き捨てながら何処に向かうべきか悩む。
「は、はい! わかりました! でも私……容姿には自信がないので、大丈夫だとは思いますけどねぇ……」
勢いよく返事をしつつもアンナは、放射線の影響を全く受けていない、ネオテックス育ちの健康的な自身の肉体を、謙遜するように手を弄り始め、両手の人差し指を近づけたり離したりを繰り返した。
――それから二人は東雲和真を探すべく、何処に向かうべきかを話し合うが、全くと言えるほど例の男の情報は無く、一先ずこの辺りで人が多く集まる都会的な場所、旧豊田市を目指す事に決める。
そして数時間の歩行と、無数の瓦礫などを越えて二人は、とある街へと辿り着いた。
そこは嘗て『豊田市』と呼ばれた場所であり、年月の経過で朽ち果てた自動車整備工場や、レンタカーショップの派手なネオン看板の残骸や、崩れ落ちたビル群が不気味に聳えている。
「うわぁ、すごい! これ……全部本当に昔の建物なんですかね?」
そう言うとアンナの瞳は輝いていた。
ネオテックススーツに覆われた彼女の細身の体は小柄でありながら、好奇心に満ちた仕草は場の雰囲気と不釣り合いなほど明るい。
肩に垂れた純白の髪が、僅かに汚れ始めた事にも気づかず、彼女は瓦礫を避けながら進む。
しかし、アンナの興奮は唐突に終わりを迎える。
そう、突如として廃墟と化したビルの影から飛び出した、一つの銃声が彼女の耳を劈いたのだ。
だが続け様に野太い怒声や、悲痛な叫び声が周囲に鳴り渡る。
そして騒々しい音が聞える方角には数人の人影が見え、彼らは荒廃した防具と即席の武器を手にしており、互いに銃火を交わしている縄張り争い中のヴォイダーたちであった。
「ひゃっ!?」
反射的に口から出て行く悲鳴を抑えようとアンナは口を押える。
しかし彼女の動きは遅く既に彼らの気づかれており、
「おっと、新入りかァ? へへっ、一体どこから来やがった?」
一人の男が銃を構えながら悠々と近づいて来た。
その男の目付きは鋭く、顔には汚れと古傷が目立つ。
「ち、違う! 私は……ただ通りかかっただけで……!」
一歩後退しながら震える声でアンナは答えた。
「はっ、そんな話が通じるかよ! てめぇも、アイツらの仲間なんだろ! ぶっ殺してや”ら”ァ”! ひゃひゃひゃっ!」
一切の光が宿らない瞳を全開にさせて、男は奇妙な笑い声を響かせながら、人差し指が引き金に掛けられた粗悪の銃を彼女の顔へと向ける。
だがその瞬間、別の方向から一発の銃声が轟き、弾丸は一直線に男へと向かい側頭部を貫く。
するとヴォイダーの男は自分の死を理解する間もなく、醜い笑みが張り付いたままの状態で、側頭部の空いた穴から血を噴水のように流し、背中から倒れるようにして地に伏せた。
「ちっ、油断しやがって。余計な手間を取らせるんじゃねえ」
低く冷たい声が、その場に響く。
いつの間にかアンナの背後に現れたのは大介である。
彼の顔はグール特有の崩れた肌に覆われ、マグナムピストルを構えた姿は威圧的だ。
「こいつは俺の所有物だ。他の奴らに手出しはさせねぇ」
マグナムピストルを手元で回転させながらホルスターに戻すと、ちらりとアンナを見降ろしながら彼は鼻で笑う。
しかし大介が男を撃ち殺した事により、その銃声を聞きつけた他のヴォイダーたちが、大勢で周囲に集まり始めると、まるで子供が水鉄砲で遊ぶかのように、奇声を発しながら無差別射撃が開始された。
「ああ、くそっ! これだから阿保なヴォイダー連中は嫌なんだ! ……おい、アンナ! 生きたければ俺に付いて来いッ!」
愚痴を吐き捨てながら、咄嗟に倒壊したビルの一部を持ち上げ、上手く壁として使いながら銃弾の雨を回避すると、大介は自分の傍で身を屈めて、子羊のように震えている彼女に声を掛ける。
「は、はいぃぃぃ……!」
両手で自身の頭を押さえ、今にも泣きだしそうな表情を晒しつつも、アンナは声を震わせながら答えた。
「よし、スリーカウントで行くぞ。3……2……1……今だッ! 走れ走れ走れッ!」
「い”や”あ”あ”あ”あ”っ”! こんな所で死にたくない”い”い”い”!」
カウントが終わると同時に、二人は銃弾の雨に飛び出して身を晒すと、数多の弾丸が全身を掠めてゆく。
当然の事ながら途中で立ち止まる事は許されず、そのまま全力で瓦礫の山を駆け抜けてヴォイダーたちから離れる。
そして大介はヴォイダーたちから逃げている最中に、状態の良い廃ビルを見つけると追手の目から逃れるように、アンナと共にビルへと飛び込み、その中の一室に立てこもり身を隠した。
ビルの外では相変わらずヴォイダーたちが発砲を繰り返しており、そのせいで火薬の匂いと焦げた金属の臭いが其処彼処から漂うが、その他にも彼らの怒号や悲鳴が絶え間なく響いている。
「はぁっ、はぁっ……あっぶねぇな、くそが」
乱暴に吐き捨てながら大介は、背後の扉を肩で押さえつけた。
そして足元に転がる細くて錆びた鉄の棒を見つけると彼は迷わず、それを掴み取っ手に突き入れて簡易的な鍵代わりとして使う。
一方でアンナは膝に手を突き、荒い息遣いを整えようとしている。
顔には汗が滲み、白髪が額に張り付いていた。
依然として彼女の瞳には、恐怖の色が濃く滲んでいる。
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