第17話 性的屈辱
「さて、この調子で最上階まで行けば、全滅ってわけだな」
額から崩れ落ちる汗を拭いながら大介は呟く。
「気を抜かないでください。最上階には指揮官格が居る可能性が高いですから」
「ふぅ……最悪、俺たち二人ともミンチにされるかもな。まあ、それはそれでいいか」
カナエの冷静な言葉に対して、彼は軽口を叩きつつも、消音器付きの突撃銃を強固に握り固めた。
暗い廃墟ビルの中、大介とカナエは淡々と足を進めてゆく。
夜は依然として深まり外の風は、ますます冷たくなりながら、それらはビルの窓の隙間から低い音で唸るように吹き込んでくる。
廃墟内の空気は湿り気を帯びており、血の臭いが更に強くなるようだ。
足元の瓦礫を踏み締める音を最小限に抑えながら、二人は注意深く行動を続けている。
「ここまで来たのに、まだ最上階じゃねぇのかよ。アイツらミュータントは、どんだけ高層マンション好きなんだ?」
軽い口調で大介はぼやく。その目は暗闇に馴染み、些細な動きも見逃さない。
「文句を言う暇があれば足を進めて下さい。しかし、アイツらの警戒が緩い事については、実に幸運だと思いますよ」
前方を見据えたままカナエが冷静に返す。
彼の声には何時も通りの冷静さがあるが、疲労を隠し切れない様子も見えた。
「ったく、お前は冷血漢だな。次に手入れの行き届いた、ミュータントの居住区でも見つけたら、きっと俺の方が驚くぜ」
鼻で笑いつつも大介は、手にした消音器付きの突撃銃を再び構え直す。
しかし、ここまで順調に事を進めていた二人の元に、突如として廊下の奥から微かに響く声が耳に届く。
それは紛れもなく若い女性の声であり、低い啜り泣きと、苦しそうな悲鳴が混在するものだ。
そんな声を耳にした途端、カナエの表情が引き締まる。
「この声……最近、行方不明になった人かも知れない」
真剣な表情を見せながら足を止めると彼は低い声で言い放つ。
「ちょっと待て。おいおい、こんな状況でわざわざ寄り道するつもりか? 俺達の目標はミュータントの殲滅だぞ。そんなのは無視しておけ」
彼と同様に、その場で足を止めると大介は眉を顰めながら、手を大きく振るい事の重要性を伝える。
だがカナエは既に耳を澄ませて。女性の声の方向を探ろうとしていた。
「あの声が仲間のものであるならば、僕に見捨てることはできない。キミだって、そうだろ?」
「やれやれ……お前みたいな正義漢がいるから、俺みたいなやつの胃が荒れるんだよ」
カナエの真剣な表情を前に、大介は一瞬黙り込むが、大きく溜息を吐き捨てる。
そして彼はカナエの正義心に負けて、素早く周囲を確認すると、一緒に声のする方へと向かう。
すると、その場に近づくにつれて、女性の声は次第に明瞭となる。
だが、それと同時に混じるのは低く唸るような、ミュータントの声だ。
あの知性の欠片もない、動物じみた咆哮に似た声。
「……ったく、これだから嫌なんだよ。この腐った場所に長居すんのはな」
眉間に皴を寄せて大介は、カナエを横目で見た。
しかし、カナエは彼の言葉を無視して、廊下の角で足を止める。
そして再びカナエが耳を澄ますと明らかに女性が何者かに力で押さえつけられ、無理やり性的な屈辱を味わわされそうになっている悲鳴が聞こえた。
「……間違いないね。行くよ」
「ほんと、やる気満々な若き指揮官だな。まあ、仕方ねぇか」
静かに告げるカナエに対して、大介は少し呆れたように顔を左右に振るう。
その後、二人は声のする部屋の前に立つと、カナエが突入の合図を送る。
「さて、行くか。お姫様救出作戦の開始だ」
溜息をつきながらも大介は銃を構えた。
そしてカナエが勢いよく鉄扉を蹴り開けると、室内の光景が一気に大介の視界に広がる。
そこにはミュータントが一体、荒れ果てた部屋の中で女性を押さえつけていた。
その姿勢は、ねじ曲がった筋肉の塊と呼ぶのが相応しい、醜悪なものである。
一方で若い女性は薄汚れた服を引き裂かれ、瑞々しい上半身を曝け出したまま、涙を流しながらも必死にもがいていた。
「よう、お楽しみはここまでだ」
不敵に呟くや否や大介は、相手が突然の出来事に困惑している隙を突いて、消音器付きの突撃銃を構えて躊躇いなく引き金を引く。
その音もなく発射された弾丸は、正確にミュータントの頭部を撃ち抜き、巨体は鈍い音を立てて崩れ落ちた。
しかし女性の解放を確認する間もなく、奥の部屋から別のミュータントの怒声が響く。
カナエは即座に対応し、暗視装置越しに標的を捉えると、無駄のない動きで射撃を行う。
「なかなか手間のかかるお出迎えだな。これが最上階に行くたびに続くってんなら、俺達も持たねえぞ」
皮肉交じりに言いつつも大介は警戒を怠らず周囲を確認する。
そして救出された女性はミュータントの血を顔に浴び、恐怖心ゆえに全身を震わせながらも助けてくれた二人を見上げた。
すると彼女の状態を察したのか、カナエがミュータントの血で汚れた手袋を外すと、相手を安心させるかのように女性の肩へ優しく手を置く。
その動作は緩やかで、彼女を驚かせないよう、繊細の注意を払っているようだ。
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