第15話 出陣
「もちろん、そんなことは起きません。アンナさんには最大限の敬意を払い、治療を受けて貰います」
目を細めると、彼の表情には驚きも怒りもなく、ただ静かな冷静さだけが残る。
「はっ、それならいいんだがな! ……ああ、それと仮に指の結合に失敗したら、どうするつもりだ? まぁ、そもそも失敗なんて、許さねぇけどな。そん時は、この街をミュータントの代わりに、俺が破壊してやる。それを肝に銘じておけ」
どこか皮肉気に笑いながら、大介は握り固めていた拳を振り下ろして、僅かに口の端を吊り上げた。
「キミの怒りはもっともだ。ですが、こちらも最善を尽くします。それを、どうか信じて頂きたい」
静かに息を吐くと、カナエは軽く頷いて答える。
――それから暫しの時が経過して夜の帳が街を覆い始める頃、今現在の天候は晴れで生暖かい風が肌に纏わりつく。
平和特区の街の外れに位置する開けた場所は、物資の受け渡しや部隊の編成に使われる場所だ。
周囲を取り囲むように立つ建造物の外壁は、時間と共に色褪せ所々で苔むしている。
その中で、ぽつぽつと灯る街灯だけが、頼りなく地面を照らしていた。
そんな中で大介は開けた場所の片隅に立ち、平和守護隊から支給された装備の状態を確認している。
彼の手元には支給された、消音器付きの突撃銃があるのだ。
黒く艶消しされた銃身は、月明かりを浴びても光沢を放たず、その存在感を消す為に設計されている。
付属する暗視スコープは戦前の物ではあるが、充分に役目を果たしてくれるものだ。
他にも装備を終えると大介は肩に銃を掛け周囲を見渡す。
そして彼の視線の先に現れたのは、平和守護隊のリーダー的な存在、加藤カナエである。
「お前……まさか同行する気なのか?」
彼の姿を見て大介は、何処か呆れのようなものを、抱きながら言い放つ。
それに対してカナエは、静かに且つ力強く頷いた。
今の彼の姿は先程の話し合いの時と比べて整然としている。
鮮やかなカフェオレ色の髪は丁寧に縛られて後ろへと流れ、その深い青色の瞳は夜の闇の中でも際立つ。
カナエが着るコートは、先程の話し合いで着ていた濃いグレー色の物だが、今回は戦闘用の防弾加工が施された軽量タイプに見えた。
その腰には改良型の突撃銃が固定されており、さらにその横には実用的な短剣が揺れている。
「おいおい、まじかよ。本気か?」
両手を大きく挙げながら、大介は疑問の声を上げる。
「ええ、本気です。状況を把握するには、現場を自分の目で見るのが一番ですから」
小さく笑いながらカナエは頷く。
「いやいやいや、待てよ。お前は、この街のトップだろ? そんな奴が戦闘に出て、どうすんだよ? 万が一死んだら、誰が責任を取るんだ?」
「心配は無用です。こう見えても僕には、戦闘経験があります。それにキミ一人に全てを任せるのは酷な話しですから」
眉を顰める大介に対してカナエは、穏やかな口調を崩さずに返してゆく。
「なんなんだ……お前は一体……。自分から危険に首を突っ込むタイプか?」
深い溜め息をついて頭を抱えると、大介は力なく頭を左右に振る。
そして、ぼそぼそと独り言を呟く彼を横面に、カナエは微笑みながら手元の装備を調整していた。
――それから二人は諸々の準備と支度を済ませると時刻は二十二時を過ぎており、夜の闇は深く風が時折吹き抜ける度に街路樹の葉がざわめく音が響く。
平和特区から出る為に門へと向かう大介とカナエの足音は、周囲の静寂に溶け込むように抑えられている。
そして二人が門の前に到着すると、そこには数人の警備兵が立ち尽くしていた。
彼らの制服には、平和守護隊のエンブレムが胸元に刺繍されており、背筋を伸ばして整列している。
「カナエ様! そして、お連れの方! お二方の御無事を、お祈りします!」
唐突に、その中の一人が敬礼をしながら声を上げた。
「おいおい、こんな夜中に送り出してくれるのは有り難いけどな。そんなに仰々しく祈られると逆にプレッシャーだぞ」
警備兵の言葉に苦笑しながらも、大介は小言を言いつつ手を雑に握る。
「街の未来が掛かっています。どうか、よろしくお願いいたします」
警備兵たちは少しだけ笑みを浮かべたが、直ぐに表情を真剣なものへと戻す。
「大丈夫です。僕達が必ず解決してきますから。どうか、安心して待っていてください」
大介の隣で静かに頷くと、カナエは優しい声色で答えた。
そして警備兵たちが動くと平和特区と外を繋ぐ門が、その者達の手により緩やかに開かれ騒々しい金切り音が鳴り響く。
巨大な鉄製の扉が両側に動き、その隙間からは外の闇が広がる。
大介とカナエは、その闇の向こうへと足を踏み入れた。
そして今回の襲撃が夜間に行われる理由は実に単純明快である。
それは奇襲を仕掛けるなら、闇夜に乗じて行われるというのが、日本古来からのやり方だからだ。
それから大介とカナエは共に足音を押さえながら、ミュータントが蔓延る場所へと歩みを進めてゆく。
すると前日に雨でも降り注いだのか、土の地面はぬかるんでおり、靴底が泥を拾う度に重くなる。
「この道を抜ければ目的地に到着します。距離にして約五キロメートル。時間にして一時間ほどでしょうか」
左手に持つ地図を使いカナエは、適度に廃墟街の位置を確認して彼へと伝えた。
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