第3話 厄介事
「……ちっ、まじかよ。こりゃぁ、普通に面倒だな」
この地区を纏めているヴォイダーのリーダーを眼前に捉えて、大介は足を止めると同時に愚痴を吐く。
しかし彼が視線を僅かに動かして、ジェシカの周囲に向けると、なんとも奇妙な光景が映り込む。
その奇妙な光景とは、ずばり彼女の周囲には猿轡を付けられた若い男女が下着姿で、奴隷のように一列に並ばされ引きずられるように歩かされているというものだ。
その列の中には傷らだけの肌を晒した痩せ気味の十代ぐらいの少女も居て、その者は手足を鎖で拘束されているうえに衣服は一切身に付けておらず全裸の状態で震えている。
彼女の表情は恐怖と絶望が入り混じり、眼には涙が溜められていた。
さらに不健康そうな二十代ぐらいの女性は裸体のままで、手足を粗悪な太い鉄杭で打たれて木製の十字架に磔にされており、筋肉質のヴォイダー連中の手により祭りの神輿ように担ぎ上げられている。
そして彼女は磔にされた状態で高い位置で担がれている事から、生気の宿らない顔を晒したまま自身の手入れのされていない腋や秘部を不特定多数に公開していた。
「おやおや、今日は珍しいお客さんがお見えね。ようこそ、アタシの街へ」
右手を自身の顎下に添えながら、不敵な笑みを浮かべるジェシカの声は甘美でありながら、内側に鋭い棘を秘めている。
「ヴォイダーの縄張りに迷い込むなんて、良い度胸しているじゃない。どうせなら楽しませて貰おうからしら。グールと若い女の組み合わせ何て、そう滅多に出会えるものでもないしね」
非常に緩やかな足取りで彼女は大介たちに近づくが、その歩みは何処か踊るような軽やかさすらあった。
大介は冷静を装いながらも、体が自然と緊張していくのを感じる。
ジェシカの背後に控えるヴォイダーたちが武器を構え、彼らの狡猾な笑みがどれほどの危険を孕んでいるのかを物語っていた。
「アンナ、動くな。ここで何かしでかせば、一瞬で終わる事になるぞ」
小声で言いながら大介は、さりげなくアンナの前に立つ。
だがジェシカは、それを見逃さなかった。
「まあ、男らしいこと。けれど、そういうヒーロー気取りは長生きしないわよ」
そう言い放ち、彼女は白い歯を晒して微笑むと、徐に指を鳴らして軽い音を響かせる。
すると、それを合図としてか周囲に待機していたヴォイダーたちは一斉に動き始め、醜い笑みを浮かべながら大介とアンナを取り込み、まるで品定めをするかのような卑しい瞳を晒す。
そして大介は瞬時に不穏な空気を察知して抵抗を試みるが、数で圧倒されると後頭部を散弾銃の銃床で叩きつけられ、その身が落雷を受けたかのように痺れるような痛みが走る。
だが彼への暴力は、それだけに留まらない。
ヴォイダーたちは、まるで水を得た魚のように生き生きとした表情で、大介の鳩尾をメリケンサック付きの拳で抉るように殴り、鉄板入りのミリタリーブーツで横腹や背中に重たい蹴りを何度も叩き込む。
その中には奇怪な笑い声や愉悦の声を漏らしながら、銃を木刀のように振り何度も銃床を彼の肘や脛を破壊するように振り下ろし、明確に肉体を壊そうとしている事が窺えた。
「どうかしら? ヒーロー気取りの代償は? 少しは理解できたからしら」
冷ややかなジェシカの声が響く。
彼女の目線の先には、地面に倒れ込む大介の姿が映り込む。
彼の体は血と埃で汚れ顔には、いくつもの打撲痕がある。
だが周囲に立つヴォイダーたちは、未だに執拗に拳や足を振り下ろし、大介を痛めつけていた。
「グールさん! く”っ”! もう、やめてください! これ以上、彼を傷付けないで!」
地に伏せる大介の様子を目にしてアンナは必死に叫ぶ。
その声は震えていたが、その瞳には決して消えない炎の意思が宿るようだ。
「……ったく、力任せに殴るのも構わねぇが、俺の顔が台無しになっちまうぞ。これでもな、街一番の美男子だったんだぜ」
地に伏せていた体を僅かに起こすと、大介は鼻血を流しながらも口角を上げ、冗談口調で相手を煽る。
「おいおい、聞いたか? こいつ自分で美男子だってよ!」
「はっ、グールのくせに生意気な野郎だぜ! よし、だったら次は目を潰してやろうか!」
彼の軽口を聞いてヴォイダーたちは一瞬手を止めると、何人かが馬鹿にしたように笑い声を上げた。
「へっ、まぁ待てよ。俺はまだ言いたい事があんだ。こんなに手厚い歓迎を受けるなんて、最高に泣きそうだぜ! ははっ!」
「グールさん! お願いだから、もう黙ってて! そんなことを言ったら、もっと酷い目に遭いますよ!」
大介の冗談めいた言葉に、アンナは更に叫び声を轟かす。
だがその時、ジェシカが静かに歩み寄り、アンナの前に立つ。
ジェシカの冷たい視線が彼女を捉えた瞬間、アンナは思わず息を呑んだ。
「貴女どこかで……ああ、思い出した。この独創的な服装……貴女が今巷を賑わせている噂のネオテックスガールちゃんね」
そう言いながら彼女は、アンナの顔を凝視する。
アンナの純白の髪は乱れ、その額には汗が浮かんでいた。
恐怖により涙が溢れたのか濡れた頬が、ネオンの光を反射して艶めかしく輝いている。
「ふーん。こんな胸だけ大きいお子様が、最高幹部たちが探している人の娘だなんてね」
小さく不敵に笑いながら、ジェシカは彼女の乱れた髪に触れた。
その瞬間、アンナは反射的に身を引こうとしたが、その肩をジェシカが抑える。
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