第36話 俺はホロコースト
「ホロコーストォォォォ――――!」
その叫び声は夜空に木霊し、森の闇を切り裂いた。
アンナは、その場で足を止め恐怖に息を呑む。
大介の目は完全に血の色に染まり、理性を喪失した獣のようである。
その視線がアンナに向けられると、彼女は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
彼の口元には鋭い犬歯が覗き、新鮮な血肉を求める飢えが露わになる。
「だめ、耐えて……グールさん……!」
震える声でアンナは叫び勇気を振り絞りながら一歩前に進んだ。
手には注射器が握られているが、それを使う為には当然の如く、彼に近づかなければならない。
だが彼女の前に立ちはだかるのは、もはや人間ではなく獣じみた存在。
大介は地面に両手をつき、四つん這いの姿勢で、アンナを見つめる。
その瞳は彼女を見ているはずなのに、そこに理性の光はない。
彼が次の瞬間、どんな行動を取るのか、全く予想できなかった。
「……お願い、戻って……!」
涙が溢れる中、アンナは一気に飛び込むようにして、大介の首元に手を伸ばす。
彼の体温は熱く、触れるだけで彼女の手のひらに、汗が滲むほどだ。
「これで……これで助かりますから……!」
アンナは注射器の針を、大介の首筋に押し当てる。
だがその瞬間、彼は大きく体を動かし針が外れた。
彼女は必死に、針を再び位置に合わせ、力を込めて押し込む。
薬液が彼の体内に注がれる音が微かに聞こえる。
その場で大介は大きく痙攣し、一瞬息を止めた。
彼の全身が硬直し、まるで時間が停止したかのような静寂が訪れる。
そして次の瞬間、大きな息を吐き出す音が響いた。
「俺は……ホロコースト……」
掠れた声で大介は最後にそう呟くと、その体からは徐々に力が抜けてゆく。
濁りにまみれていた瞳は、次第に正常な輝きを取り戻し、息遣いも穏やかになる。
彼の皮膚の色も通常のグールのものに戻り、異常な青白さが消えてゆく。
アンナは、その場に膝を突き、大介の体を抱き締めた。
流れる涙は止まることなく、彼女の頬を伝い続けている。
「よかった……よかった……」
震える声で彼女は繰り返し呟き、彼の温もりを確かめるかのように、より強く抱き締めるのであった。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




