第4話 ネオテックス
「アンナァ、隠れんぼは俺の趣味じゃねぇぞ。今出てきたら何もぶっ壊さねぇ……たぶんな」
低い声色で呟くと、大介は慎重に足を進めて、暗い深部へと向かう。
足音を消すように緩やかに歩みを進めながら、彼は衣嚢からオイルライターを取り出し素早く火を点ける。
ライター特有の温かな色の炎を頼りに、視界を確保して周囲を物色すると、大介は建物内の端で不自然な箇所を見つけた。
そこには何故か古びた階段が存在しており、不気味に下へと続いているのが確認できる。
手すりは崩壊し、壁には謎の文字がスプレーで書かれていた。
その文字の一部は、ネオテックスエッジを示す記号のようである。
ネオテックスエッジとは、核の時代における究極のユートピアとして設計された地下避難施設。
かつてのネオテックスエッジが掲げていた理想は、この施設によって更なる完成系を迎えたと言っても過言ではない。
それは全知全能の神ではなく、人間の手によって生み出された広大で画期的な空間であり、荒廃した世界において最後の砦として機能する。
この施設の外壁は基本的に、厚さ約一メートルに及ぶ鉛で覆われており、放射線の脅威から完全に居住者を保護するのだ。
また、その堅牢な構造は外部からの物理的な攻撃、さらには外の世界に蔓延る野蛮な武装勢力や、略奪者の侵入をも許さない。
ネオテックスエッジは、ただの避難所ではないのだ。
それは、技術と資源を結集させた”新たな人類の楽園”である。
各居室には、当時の最新技術を駆使した設備が、整えられているのだ。
居住者が望む快適さと機能性を追求した室内設計は、家庭用電化製品から生活支援ロボットに至るまで、生活を彩る為のあらゆる要素が完備されている。
例えば、全自動温度調整システムは居住環境を常に最適に保ち、食料供給は長期保存可能な食品を無尽蔵に提供する能力を持つ。
さらに娯楽施設や教育プログラムが導入されており、地下生活における精神的な充足も保証されている。
ネオテックスエッジを設計、建設した背景には戦前の歴史が深く関わっているのだ。
そもそもネオテックスエッジは、核戦争の脅威が高まる中、日本政府との契約を勝ち取り、各地に避難所を建設してきた企業である。
同社は国家の未来が不透明な中で、安全性を確保することを最優先に掲げて活動していた。
その使命は、核戦争が現実そのものとなった際に人類を保護し、新たな文明を再構築する基盤を築く事である。
ネオテックスエッジは、その理念を更に推し進めたものであり、単なる避難所を越えて未来社会のモデルとなる事を目指していた。
この施設は単一のコミュニティとして機能し、居住者が外界に頼らずとも完全に自立して、生活できるように設計されている。
食料、生産、教育、娯楽、さらには医療技術まで、あらゆる分野において最高の設備が導入されており、それらは全て地下の眠られた空間内に集約されているのだ。
『厚み約一メートルの鉛の壁に守られ、放射線も野蛮な人間にも恐れる必要はない!』という宣伝文句は、ネオテックスエッジの広告キャンペーンを思い起こさせる。
この施設は外界の危険から逃れるだけでなく、新たな希望を育む場所としても位置付けられていた。
居住者たちは地下の安全な空間で生活しつつ、荒廃した地上に何時か訪れる再生の時を待ち望むのである。
「はっ、どうやらここっぽいな。……だが、こんなにも分かり易い所にあると、逆に罠のような臭いがプンプンすんぜ」
左手にライターを持ちながら、大介は静かに右手を腰のホルスターへと伸ばして、マグナムピストルを引き抜いて構えると警戒を強めた。
その動作は熟練の域に達しており、彼の長い戦闘経験が伺える。
そして階段を降りると、更に冷たい空気が漂い、湿度が一層高まるようだ。
照明の類は完全に破損しており、天井から落ちてきた瓦礫が足元に転がる。
「おい、アンナァァァア! 聞こえてんだろ? 出てこねえなら家康城ごと、完全に破壊してやるぞ!」
脅し文句のような言葉を叫びながら、大介は地下のフロアに到着すると、そこには巨大な銅鉄性の門が待ち受けていた。
その門には、大きな数字が刻まれている。
”八百十”――――それが、このネオテックスの識別番号のようだ。
しかし巨大な銅鉄性の門、それはまるで文明の残滓を象徴するかのように、傷だらけで錆びついている。
それでも、この頑丈そうな外見には、抗いたい威圧感があるのだ。
「はっ、これが例のネオテックスエッジか……。まあ、噂ほど大したことは無さそうだな」
マグナムピストルを腰のホルスターに収めると、大介は片手で軽く叩きながら門を見上げて呟く。
その声は低く、荒々しさを孕んでいた。
そして彼がライターの炎を駆使して周囲に視線を向けると、その門には小さなスピーカーが取り付けられている事が判明。
大介が暫くの間スピーカーを凝視して、無言の状態で立ち尽くしていると、突如として無音の空間に、電子音らしきノイズのような音が鳴り響いた。
「はーい! こちらネオテックスエッジ、八百十号居住区です! 応答担当官のアンナですけど、なにか御用ですか~?」
スピーカーから聞こえる声は若い女性のもので、ゴムボールのように弾むような明るさが印象的である。
それに対して大介は眉を顰め、少しだけ口元を歪めると、敢えて無言を保つ。
「あの~? そちらは、どちら様ですか? このネオテックスに用事があるんですか?」
数秒の静寂の後、再びスピーカー越しに能天気そうな軽い声が響く。
「……ああ、用事があるから門を叩いたに決まってんだろ」
大介の声は低く何処か苛立ちが混じるが、その口調には礼儀や丁寧という一般的なものは、当然ながら一切含まれない。
「俺は、ある男を探している。その男の名前は”東雲和真”だ。お前なら知っていると聞いて、ここへ来た」
酒場の店主から得た情報通りに、噂の女性と接触する事に成功すると、今回の依頼は空ではなく、当たりの部類かも知れないとして、大介は僅かに気分を上げながら、依頼対象の男の名前を静かに告げる。
――――すると、一瞬の間が生まれた。
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