第33話 覚醒アンナさん
「ふぇ……? 一体なにが起きてるんですか……?」
まだ状況を把握できていない彼女は震える手で、それを受け取り唇を震わせながら彼を見つめた。
「フェラル・ゴウルだ。腐った脳みそで俺達を食い散らかそうとしている連中さ」
苦い笑みを浮かべながらも大介は言い切る。
その軽口とは裏腹に、目は鋭く周囲を警戒している。
唸り声は次第に近づき、森の中に潜む無数の影が、焚き火の明かりに反射し、不気味に揺れていた。
そして、この場の状況を理解したアンナは、恐怖の感情で全身を縛られたのか動けない様子。
震える指先で辛うじて拳銃を握り締めるが、その感触すらも現実のものとは思えないほど、意識が遠のいているようだ。
「こんな時に固まって、どうするんだよ。ほら、深呼吸をしろ」
軽く舌打ちをして大介はアンナの肩を叩く。
その力強い手に彼女は、漸く少しだけ現実感を取り戻したようだ。
「でも……怖いですよ……!」
「へっ! 怖がるのは勝手だが、生きて朝日を拝みてぇなら、震えている暇はねぇぞ」
笑みを浮かべながらも、大介は冷徹な声で笑う。
その態度がアンナの心に少しだけ火を灯したかのようだが、焚き火の炎が依然として青ざめた彼女の顔を照らし出す。
そしてフェラル・ゴウルたちの唸り声は更に近づく。
木々の向こうから、不気味な影が現れ始めた。
それらはかつて人間だったものの成れの果てである。
腐敗した肉が骨から剥がれ落ち、空洞と化した目が光を反射していた。
「ったく、運が悪いな。どうやら俺達は、アイツらの通り道にキャンプを張っちまったらしい」
軽く肩を竦めて、大介は軽口を叩く。
「ちょ、ちょっと! なんで、そんなに落ち着いているんですか!?」
彼の言葉を聞いて思わずアンナは涙目で叫んだ。
「落ち着いているだと? はっ、違うな。俺はただ楽しんでいるだけだ。ほら、考えてみろよ。こんなスリリングな夜が他にあるか?」
にやりと大介は笑うと、焚き火の中から燃え盛る薪を一本掴み取る。
「さぁ、アンナ。夜は長いぞ。俺達の命が朝までもつかどうか、賭けてみようじゃねぇか」
燃える薪を振り回しながら彼は、眼前に迫り来るフェラル・ゴウルたちを睨みつけた。
その瞬間、フェラル・ゴウルたちは唸り声を上げながら、一斉に森の影から飛び出して二人を襲う。
そして大介は燃え盛る薪を、その場に捨てると即座に背中に装備していた、ダブルバレルショットガンを取り出して構えると、発砲を開始し迫り来る敵の頭部を爆散させてゆく。
すると、それを合図としてかアンナも引き金に指を添え力強く引き、数多のフェラル・ゴウルへと鉛玉を浴びせる。
それから無数のフェラル・ゴウルと大介たちによる、夜の戦いが始まりを告げて瞬く間に数分が経過すると、一定の数を減らす事は出来たが、それでも相手の数は依然として多く、大介が一見した限りでも百体以上は居るのだ。
そして大介とアンナは数で圧倒されると、徐々に後退を余儀なくされるが、それでも発砲を続ける。
だが、そこで彼はダブルバレルショットガンの火力不足について頭を悩ませると、長年の戦闘経験が脳裏を駆け巡り、それにより即座に銃の改造を行う事を決めた。
そう、大介はダブルバレルショットガンの銃身を短くする事で、威力重視のソードオフショットガンを制作しようとしている。
数百体のフェラル・ゴウルを相手にするには、護身用の拳銃と狩猟用のダブルバレルショットガンでは役不足であり、それならばと大介は場に屈み込み作業に取り掛かるのだ。
暫くの間はアンナが一人でフェラル・ゴウルの群れを相手にする事になるが、彼は特に何も言わずにダブルバレルショットガンを持ち変えて全体像を改めて視界に映す。
大介が手にしている銃は、標準的な二連ショットガン。
使い込まれて黒ずんだ木製のストックと、光沢を喪失した銃身が、この武器の長い歴史を物語るようだ。
「さて、さっさと済ませちまおうか。……ったく、お気に入りの銃だったんだがな」
唇を歪めて不満げに呟くと、彼は鞄を地面に落として、簡易的な工具箱を取り出して開けた。
そこにはノコギリ、金槌、ねじ回し、そして数本の釘などが雑然と詰め込まれている。
「ちょ、ちょっと! こんな非常事態に何をしているんですか!」
大介の突拍子もない行動を見ていたアンナは、眉を顰めて不安を隠せない声で問い掛けた。
「改造だ、改造。いいか? フェラル・ゴウルを仕留めるのに、時間の掛かる武器は、ただの鉄屑だ。だからよ、こいつを短くして、至近距離でぶっ放す」
「もう充分に危ない状況なのに、わざわざそんなこと……」
震える手で拳銃を握り締めながらアンナは発砲を繰り返す。
「危険だからこそ、だろ」
迷うことなくノコギリを手に取り、銃身の中ほどに刃を当てると一気に引き始めた。
金属が削られる音が、闇の静寂を切り裂く。
その音が不気味な唸り声と重なり、アンナの背筋をぞくりと震わせた。
しかし防衛を担当する者が彼女のみとなると、フェラル・ゴウルの群れに押されるのは必然の出来事であり、着実に敵の接近を許してしまう。
「ぐ、グールさぁぁぁぁん! もう限界ですよぉぉぉ! 私一人じゃ無理無理無理ですぅぅぅ!」
「あ? ……ったく、しゃあねぇな!」
轟くアンナの悲鳴に対して低い声を出して眉を顰める大介だが、状況が状況ゆえに銃身だけ即座に切り終えると、整備不足で中途半端な状態のショットガンを持ち上げた。
そして彼も防衛に加わると、迫り来る大量のフェラル・ゴウルを相手に、発砲を開始して迎撃を再び開始させる。
「ああ、も”う”! 一体どこから湧いてきてるんですか! この大量のフェラル・ゴウルは! 撃っても撃っても、キリがないですよ! こっちの弾が先に無くなりますって!」
休むことなく引き金を引き続けて攻撃を続けるアンナは、空の弾倉を交換しながら愚痴のような物を吐き捨てるが、全体的に余裕はなさそうで全身から苛立ちの雰囲気が滲む。
「うるせぇな! 弱音なんざ死んだ後に言え! 今は俺達を食らおうと必死な屍共に鉛弾をくれてやれ!」
横から彼女の言葉を聞き続けていた大介は、苛立ちの感情を募らせると怒声を吐きながら、次弾装填と発砲を只管に繰り返す。
「あ”あ”あ”あ”あ”! も”お”お”お”お”お”! くそ、ふざけんな! 地上なんて大っ嫌いだ!」
ついに彼女の中で怒りの感情が爆発したのか、地響きのような唸りを上げながら野太い声で叫び散らかす。
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