第32話 野宿
「これが……人間が料理になる工程……。なんてこんな事が……普通に行われているんですか……」
震える声でアンナは呟く。
「普通っていうか、ここではそういうルールなんだよ。まあ、例えるなら……ファストフードのキッチンだな! ほら、あの焼き場を見てみろ。あの火加減、絶妙だろ? きっと美味しいステーキが出来るぞ」
大介は軽い口調で言い放つが、気分が高揚としている。
「グールさん! あなた正気ですか! 私には……とても耐えられません……」
橋の欄干にもたれ掛かりアンナは、呼吸を整えようとしたが目の前の光景が、あまりにも強烈で視線を逸らす事ができない。
ついに、その場に彼女は座り込むと胃の中が、ひっくり返るような感覚に襲われたのか、吐き気が抑えきれない様子。
「……ほら、言ったろ? 吐くのは早いって。これからもっと凄いのが、あるのかも知れないのによ」
鼻で笑いながら大介はアンナを見下した。
「……もう嫌です……! こんなところ早く通り抜けたい!」
涙を浮かべながらアンナは叫び散らかす。
「まあ、それも一理あるな。よし、アンナ。もう少し我慢しろ。この橋を渡り終えたら今晩は、お前の好きな食べ物を振る舞ってやる」
彼女の言葉を聞いて少し考え込むような素振りを見せる。
「……あなたに食べ物の話をされても全然嬉しくないです!」
アンナは叫び返したが、その言葉には微かな希望も入り混じるようだ。
そうして二人はコントのようなやり取りを数回ほど続けた後、止めていた足を再び動かして歩き始める。
アンナからすれば一刻も早く、この恐怖の橋から逃れる事が最優先のようだ。
――それから大介と彼女は、無事に橋を渡り終えると、黙々と足を進め始める。
一体どれほど歩いたのだろうが、空には鉛色の雲が立ち込め、夕刻の薄明かりが二人の足元を、ぼんやりと照らしていた。
風は冷たく湿り気を帯びており、肌を刺すような寒さが骨身に染み渡る。
廃墟と化した街を背景に、かつて装飾されていた道はひび割れ、今は雑草で覆われており文明の痕跡は無惨に消える。
「やれやれ、やっと半分ってところか」
肩に大きな鞄を下げつつ、大介は皮肉めいた口調で呟いた。
その声には疲労の色がありながらも、不思議と余裕を感じさせる。
一方でアンナは、すっかり無言であり彼女顔には、うっすらと汗が滲んでいた。
小さな手で片腕に装備されているモバイルメイドを、ぎゅっと抱き締めて、どこか不安な表情を浮かべている。
「そんな顔をするな、アンナ。これでもう、人間のスープにされる心配はない」
「そんな話、聞きたくありません」
大介の冗談交じりの言葉に、アンナは唇をきつく結び、ちらりと彼を睨んだ。
そんな彼女の声には、明らかに苛立ちと疲労が混ざる。
そして日が沈む頃、二人は森の端へと到達した。
薄暗い木々が密着し、視界を覆い隠す。
大介は適当な空き地を見つけ、そこでキャンプを張る事に決めた。
「今日は、ここで野宿だな」
アンナに向けて軽く手を振ると、その場で彼は荷物を下ろした。
彼女は不満げに辺りを見渡しながらも、疲労には抗えず大介の指示に従い準備を始める。
乾いた枝を集め、焚き火を起こす。
火が燃え上がると、周囲の暗闇が、ようやく和らいだ。
「安心しろ。こんな場所じゃぁ、誰も俺達を見つけられやしない」
安堵の表情を浮かべながらも、大介は焚き火の傍に座り込む。
その背後でアンナは、ぎこちなく地面に腰を下ろして、焚き火を見つめる。
火の暖かさが、彼女の張り詰めた神経を、少しだけ和らげている様子。
「でも……ここ、なんだか嫌な予感がします……」
ぽつりとアンナが漏らす。
周囲は森特有の静寂に包まれている。虫の鳴き声も、鳥の囀りも、何も聞こえない。
「まあ、寝てろ」
そう言い残して、大介は懐から煙草を取り出し、火をつけた。
煙草の煙が夜空へと登ってゆく。
アンナは疲れ切った表情のまま地面に転がると軽い寝袋に身を包んだ。
そして二人が就寝して数時間が経過した頃、突如として森の奥から低い唸り声が聞え始める。
最初は風の音かと思われる微かな音だったが、それは次第に人間の喉から漏れる呻き声のようなものへと変化していく。
アンナは目を覚ますこともなく寝袋の中で丸くなっていたが、すぐさま大介は異変を察して意識の覚醒を果たすと鋭い目で辺りを見渡した。
「おい、起きろ」
彼女の肩を軽く叩き、冷たい声で大介は言い放つ。
「うーん……なんですか……?」
アンナは何が起きているのか分からず、混乱した表情で彼を見上げた。
「お前の間抜け面を見ている暇はねぇ。さっさと武器を取れ。どうやら楽しい夜が始まりそうだ」
無理やり彼女を引き起こし、大介は近くに置かれていた護身用の拳銃を、アンナの手に押し付ける。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




