第24話 人間ダーツ
「これが橋の上のコミュニティ……というやつですか……。随分と異様な雰囲気が漂いますね……」
敬語混じりの言葉を、アンナは小さく呟いた。
目を見張る彼女の顔には、混じり合う好奇心と不安が浮かんでいる。
アンナの白い肌は曇り空の下で一層際立ち、その透き通るような瞳には、目の前の光景が鮮明に映し出されている様子。
「異様どころじゃないさ。ただの腐った連中の溜まり場だ」
肩を竦めながら大介は、冷ややかに答えた。
その声には警戒と、何処か嫌悪が混じり合う。
彼の眼光は鋭く、まるで目に見えない危険を探り当てるかのようだ。
そして二人は止めていた足を動かして先に進み始めると、この場の異様さが更に増していく。
すると広場とでも呼ぶべきか開けた場所が現れ、そこでは人々が楽し気に集まり何やら声を上げている。
広場の中心には木製の簡易ステージが設置され、その上に何かが取り付けられていた。
それを見て大介の足は、自然と簡易ステージへと近づいて行くと、見事に嫌な予感が的中する。
ステージ上では、一人の旅人らしき老人の男性が、回転板に縛り付けられていたのだ。
彼の衣服は鋭利な刃物で裂かれたように損傷が激しく、血の滲んだ肌が無惨な状態を保つ。
ステージの周囲に集まる観客は笑い声を上げながら、次々と小さなサバイバルナイフを回転する男へと投げつけていた。
観客が投擲したナイフが、彼の肉に突き刺さる度に、歓声と悲鳴が同時に木霊する。
「こ……これは……!」
大介の傍に近づくと、ステージ上で行われている事を視認して、目を見開きアンナは言葉を失う。
そして彼女の小さな手が震えているのが大介の目に入る。
その顔には明らかな嫌悪と恐怖が浮かび、少女らしい純粋さが、この地獄絵図と衝突していた。
「歓迎の儀式ってやつか?」
冷笑を浮かべて彼は、吐き捨てるように言う。
鋭い目で周囲を見渡しながらも、大介は片手でアンナの肩を掴んで制した。
「おい、しっかりしろよ。こんなもん、ただの見世物だぞ」
「で、でも……!」
言葉を詰まらせままアンナは、再び回転板に縛られた男へと視線を戻す。
すると観客の一人が、唐突に大声で叫びながら、念入りに研がれたナイフを手に取る。
その観客の右手には無造作に彫られた傷痕があり、まるでその場の残虐性を象徴しているかのようだ。
「おい、新顔か?」
突然、何者かに背後から二人は声を掛けられる。
そのまま大介が振り返ると、そこには屈強な体躯を持つ、中年の男が立ち尽くしていた。
彼の皮膚は日焼けしており、粗末な革の鎧を纏っている。
男の腰にはサバイバルナイフが幾つも差し込まれており、明らかにこのショーの関係者である事が窺えるようだ。
「おいおい、まじかよ! こんな所でグールが少女とデートとは随分と良い御身分じゃねぇか! まあグール野郎が彼女を拉致って、脅している可能性は無きにしも非ずだがな。……まっ、そんな事はどうだっていい。それよりも重要なことは、ここを安全に通りたいのなら、参加料が必要だってことだ」
「参加料だと? そりゃぁ一体どういう意味だ?」
屈強な体格の男の言葉を聞いて、自然と大介は眉を顰める。
「なぁ~に簡単なことよ。アイツに一投、ナイフを刺すだけでいい。ほら、簡単だろ?」
薄い笑みを浮かべながら、男は顎で回転板を差した。
「くだらねぇ……」
吐き捨てるように言いながら大介は、衣嚢から数円のピンバッジを取り出す。
「そ、それで終わりなんですか? 助けないんですか?」
彼の行動を見て、アンナは驚きの顔を晒すが、その声は震えていた。
「お前は甘すぎんだよ。ここじゃぁ、優しさなんか糞の役にも立たない」
ちらりと彼女を見やると大介は鼻で笑うが、それだけ言い放つと中年の男にピンバッジを投げ渡す。
だがその瞬間、彼の眼がぎらりと光る。
男がピンバッジを受け取った刹那、大介は素早く拳銃嚢から銃を抜き、音もなく引き金を引いた。
一発の銃声が鳴り響き、その場に男は崩れ落ちる。
すると観客たちは一瞬にして大小様々な声を荒げ、一部の者たちは逃げ出す準備を進め始めた。
大介は動じる事なく、アンナの腕を掴み、更にステージへと接近する。
「ぐ、グールさん……離して……!」
アンナは抵抗するものの、彼の力に敵うはずもない。
「お~い、生きているか~? 爺さん~?」
ステージ上の回転板に近づくと、大介は冷静な手付きで、老人を縛り付けているローブを切り始めた。
すると彼は弱々しく呻き声を上げたが、答える力は残されていないようである。
「……助けるんですね」
その様子を涙目で見つめながらアンナは呟く。
「助けるだと? それは……ちっとばかし違うな。俺はこいつが邪魔で通れないから退かしているだけだ」
片肩を上げて振り返ると大介は冷たく言い放つが、その手は最後まで迷うことなく動いていた。
そして周囲の騒ぎが徐々に収まる中、彼は老人の縄を全て解くと、一切躊躇うことなく自身の肩で担ぎ上げ、アンナを急かして場から立ち去る。
そのあと血まみれで掠れた声で唸る老人を抱えた大介は、舌打ちを放ちながらも武装したブラッド・パックたちに見つからないよう、あらゆる障害物を利用して忍者のように移動し、とある建物の影に隠れた。
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