第22話 人食い集団の縄張り
「嫌ですよ! 絶対にあげません! 無理無理無理! 気持ち悪いッ!」
彼の言葉を聞いて即座に拒絶反応を見せると、アンナは物凄い速さで頭を左右に振り、さらには身震いすら起こして甲高い声を上げた。
「……でも、どうする気なんですか? あの人は本気で、私の糞尿を貰う気満々でしたよ。ですから今回の交渉がもし嘘だとばれたら……グールさんお造りにされて食べられちゃいますよ?」
壮絶な拒絶を数秒の間見せた後、彼女は落ち着きを取り戻すと疑問を抱えた様子で首を傾げ、刺身を食べる素振りを演じながら大介に再び問い掛ける。
「へっ、グールの刺身ってのも案外粋かもな。……だがまあ、心配はいらねぇ。いざとなれば俺の糞尿を瓶詰にしてくれてやらぁ。放射性物質たっぷりだぜ。はははっ!」
軽く言葉遊びをしつつも彼は真面目に答えると、糞尿の一件に関しては予備の作戦もある事から、何も問題はない事を断言して手を叩きながら盛大な笑い声を上げる。
「……貴方って人は本当に……はぁ……。にしても地上世界には、本当に色んな考えを持つ人が居るんですね。女性の糞尿が欲しいなんて人、きっと戦前の世界にも居なかったでしょうね! あははっ!」
非常に陽気な態度を晒す大介を見てアンナは静かに目を細めると何処か呆れたように溜息を漏らすが、核が落ちた後の世界で生きる人々の独特な考え方は、戦前には無いものだろうとして口元を押さえながら柔らかな笑みを零す。
「あー……そうかもな。まあ、これも社会勉強って奴だ。よ~く、覚えておけ。この腐敗した地上世界には、俺達の常識を簡単に越えるような、すげぇ変態が居るって事をよ」
彼女の発言に対して戦前の頃から生きている大介は一部特殊な性癖を持つ者達が、その頃から居た事を依然として微かに記憶しており露骨に言葉を濁すと、それらしい事を人差し指を立たせながら述べて糞尿の話題を上手く終わらせた。
そして昼頃の熱き太陽の紫外線が降り注ぐ中、時折生暖かい風が吹いて大介とアンナの衣服を大きく揺らし肌を撫でていくが、それでも二人は橋を渡り切り東京に向かう為に足を只管に進める。
錆びついた鉄橋の上では、手製の武器を構えたブラッド・パックに所属する大勢の人間たちが、鋭い視線で二人を包囲しているのだ。
それは二人が橋の上に足を踏み入れた時から続いており、まるで監視されているかのようである。
さらに手製の武器については、粗悪な改造銃、鉄パイプ、刃が欠けたナイフ、釘バット、肉切り包丁、手斧などだ。
しかし一部の武器については何故か赤い液体が付着しており、数分前に何か生命体のようなものを切り裂いたような痕跡すらある。
「ぐ、グールさん……。今更なんですけど……なんか物凄く見られてますよ! 私たち! これ絶対、下手な事をしたら襲われる奴ですよ!」
周囲に立つブラッド・パックたちの狂気的な視線に気づいたようで、アンナは露骨に怯えた表情で彼を見上げた。
艶やかな白髪は風に靡き、淡い水色の瞳には、恐怖の色が濃く宿されている。
小さく震える彼女の手が、大介のコートの裾を強引に握り締めていた。
「怯えてんじゃねぇよ、アンナ。俺が居る限り、お前が食われる事は……まあ多分ねぇよ。だが……俺の傍からは絶対に離れるな。仮に戦闘になった場合、守り切れなくなっちまうからな。そうなったら、お前はアイツらの夕食だ」
大介の声は皮肉交じりだが、その低く落ち着いた調子には確かな自信がある。
アンナは不安そうに唇を噛み締めたが、彼の言葉には一抹の安心を感じたのか微かに頷いた。
その後も二人は大勢のブラッド・パックたちに、濁りにまみれた視線を全方向から注がれながらも、最低限の警戒心を払い橋の上を淡々と歩いていく。
すると大介とアンナの目の前には、鉄板と木を使用して作られた建物が現れて、足を止める事を余儀なくされたが、この建物は橋の中央に建てられている事から、これの中を通り抜けないと先には進めないようである。
そして、この建物についてだが外見としては、赤いネオンがぼんやりとした光を放ち、空気中の微粒子に反応反射して幻想的な輝きを醸し出しており、全体的に一際目を引く存在感を醸し出しているようだ。
この建物の外見は古びてはいるが、絶妙な色合いのペンキで塗り直され、修繕の跡すらも意図的に演出されたかのようである。
さらに建物の壁面には鉄製の看板らしき物が取り付けられており、そこには『夢幻桜』という名前が達筆な字で堂々と刻まれていた。
「ふっ、夢幻桜……なるほどな。この派手な建物の所謂、風俗店ってやつだな」
建物全体を視界に収めるように見上げると大介は静かに鼻で笑う。
「ふ、ふふ、風俗店ですって!? ぐ、ぐ、グールさん! ここを通らないと本当に先には進めないんですか!?」
彼の口から放たれた言葉を聞いて、瞬時に足を止めて場に硬直すると、アンナは視線を物凄い速さで泳がせながら顔を紅潮させた。
それは、まるで風俗店という場所が、どういう事をする店なのか把握しているような素振りであり、普段の落ち着いた彼女の雰囲気が噓のようである。
しかしアンナは安全な地下暮らしをしている時に、ネオテックスの教育を受けている事から、戦前の事柄についても少しは知識があるようだ。
「ああ、その通りだ。この橋の中間、関所みたいなもんだな。ここの”お嬢様たち”の許可がないと先に進むのは難しいってわけだ」
敬語混じりの声が震えている彼女の反応を楽しむように、大介は肩を竦めて静かに白い歯を晒す。
それに対してアンナは、困惑した表情で依然として、建物を見つめている。
恐らく目の前の光景が、信じられないのであろう。
知識は有していても経験はない。
つまり彼女からすれば、この場所は完全に未知の世界ということ。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




