第20話 ブラッド・パック
「くそっ、これじゃキリがねぇ……。おい、アンナ! 火炎瓶を投げろ!」
「は、はい! わかりました!」
彼に命令されて彼女は慌てて、自身の鞄から酒が満たされた瓶と紙くずを取り出すと、握力のみで蓋を無理やりこじ開けて、そこに燃えやすい紙の一部を押し込むと、震える手で点火し渾身の力で投げた。
彼女の手から放たれた火炎瓶は空中でも何回転もすると、それはスカージの群れの中心部に落ちて硬い地面と接触し割れると、炎が一瞬にして広がり肉の焼ける香ばしい匂いが辺りを満たす。
「ナイスだ、お嬢ちゃん! ……だが次に投げる時は、もっと遠くに飛ばしてくれ。傍で見ている俺としては危ねぇったらねぇ!」
目の前で数多のスカージが炎上する姿を見て、大介は親指を高らかに力強く上げて彼女を褒め称えるが、矢継ぎ早に色白の細腕への底知れない恐怖心を語る。
そして彼はマグナムピストルを構えて、残りのスカージたちを殲滅しに掛かると、残すは最後の一体のみとなり敢えて銃を拳銃嚢へと戻し、その代わりにダガーナイフを引き抜いて敵に接近すると、一切の躊躇いなく刃を目の部分に刺し込み脳を損傷させて殺す。
「ほら、終わったぞ。お前も無事みたいだし、俺の言う事を聞いといて正解だったな」
最後の一体の始末を終えると大介はナイフをスカージから引き抜き、刃に付着した敵の血や肉片や不純物を取り払うべく、ナイフ本体を軽く振るい太腿のホルスターへと戻し乱れた息遣いを整える。
「はぁぁぁ……も、もう嫌です……。なんでこんな……怖い事ばっかり……」
肺から全ての空気を抜くように大きく吐き捨てると、アンナは地面に座り込んだまま溢れる涙を手で拭きながら震えていた。
「まあ人によるかも知れねぇが、恐怖っつーのは慣れるしかねぇな。……それと泣くのは後にしてくれ、お嬢ちゃん。お前が赤ちゃんのように泣いている間に次が来たら、それこそアウトになっちまうからよ」
大きく肩を竦めながら恐怖心を克服する方法を語るが、大介は静かに口角を上げると彼女の目の前に手を差し出す。
それに対してアンナは躊躇いながらも、その手を取るとふらつきながら立ち上がった。
「ほれ、お目当ての旧東京は、まだ果てしなく遠いぞ。泣き言なんか言っている暇はねぇってな」
陽気な声を出しながら大介は止めていた足を再び動かすと、道なりに沿うようにして歩みを進んでゆく。
空には既に星がちらほらと現れ始めていたが、彼女は小さく頷くと彼の後ろを静かに歩き始めた。
――そして幾度の日数を経て尚も大介とアンナは、旧東京へと向かう為に只管に足を進めている。
今現在の時刻は昼頃だが、灰色の空は一層暗さを増して遠くで稲光が川面を照らし、まるで嵐の前の殺伐とした気候が二人の頭上で屯しているのだ。
冷たい風が吹き荒れ、大介とアンナの衣服を揺らしていく。
二人の前には巨大な橋が存在しており、それは旧東京を目指す上で絶対に避けては通れない道だが、その端は遠目から見ても異様な雰囲気を漂わせていた。
金属製の骨組みは錆びて崩れかけており、吊り橋のケーブルは所々が切れて力なく垂れ下がる。
そんな橋の下で流れている川の水は、凄まじい濁りが特徴的な、緑色をした放射線まみれの汚水だ。
その川で泳いだり、そこの水を生活用として使用したりする事は、文字通りの命取りである。
「アンナ。お前、俺の傍から離れるなよ。アイツらに食べられたくなければな」
大介の声は低く冗談めいたものが僅かに混じるが、その内容は明らかに本気だ。
「……えっ?」
突然の言葉に、アンナは小首を傾げる。
その艶やかな純白の髪は光を帯びて揺れた。
彼女のネオテックススーツは長旅により僅かに薄汚れており、今現在は上の部分だけを脱いで中に着ている無地の襯衣を大胆に曝け出すと、形の良い大きな胸が軽く上下に動く度に衣服の隙間から覗く鎖骨が目を引く。
しかし彼の口から放たれた衝撃的な言葉を耳にして以来、アンナは恐怖の感情に支配されたのか大きな瞳が怯えるように震えており、まるで幼い子供のように大介を見つめている。
「あ、あの! グールさん! 今からでも遅くはありません! 遠回りをして旧東京を目指しましょうよ! 私のモバイルメイドを使えば、きっと今よりも安全で素晴らしい道が見つかる筈です!」
衝動的な感じで、その場で足を止めるとアンナは酷く動揺した姿を見せながら、橋を通らないという選択を即座に彼へ告げると、自身の腕に装着されている機械を片手で軽く叩きながら強く主張した。
「あー、その案は却下だ。今さら他の道を探すとか普通に面倒だしな。それと、これはお前の恐怖心を底上げするだけかも知れないが、一応詳しいことを言っておくぜ。あの朽ちかけの橋を縄張りにしているのは気性の荒い人間共だが、その実態はブラッド・パックと呼ばれる人喰い集団だ」
その場で足を止めて気怠い雰囲気を晒しながら振り返ると、モバイルメイドを視界に捉えつつも大介は、彼女の要望を全て無視すると矢継ぎ早に人差し指を橋へと向け、何処か楽し気に口角を上げると新たな恐怖を与える。
「ぶ、ブラッド・パック……。なんだが、とても強そうな名前をしていますね……。ですが……人を食べるって、そんな……一種の冗談じゃなくて?」
自らの渾身の提案が却下された事で口を大きく開け、目を丸くさせた状態で呆然としていたアンナだが、輩の名前を聞いて意識を現実世界に戻すと、彼の言うことをが本当に全て真実なのか、何処か疑問を覚えた様子で真実を問う。
「ふっ、冗談だったらいいんだけどな。まあ何度も言うが食われたくなければ俺から離れるな。それも嫌って言うんなら……せいぜい美味しく連中に食われてくれ」
軽く鼻で笑いながら反応すると大介は、両の肩を大きく竦めながら得意の軽口で返してゆく。
だが彼の冗談めいた口調にアンナは息を呑んだ。
それを大介が本気で言っているのだと理解したのか、彼女の全身からは血の気が引いていくようである。
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