第18話 スカージ病
「いいねぇ、いいねぇ! これだよ、これ! 映画を見ながら飯を食う……実に最高じゃねぇか!」
裏面が焼けて表面が生状態のステーキ肉を鉄板の上で器用に返すと、大介はベル・サイダーの瓶の栓を開けて一気に飲み干すと幸福度が上昇し、満面の笑みを見せながら浮かれた言葉を吐く。
そして先程まで室内を物色していたアンナが彼の隣に座り直すと、隣人が鬱陶しいのか目を細めて軽い溜め息をつくが、それでも目の前の映像に興味を惹かれた様子。
それから熱された鉄板の上では、続々と肉が弾けるような音を立て調理されていき、香ばしい匂いが室内に広がる。
大介は焼けた肉を箸で掴み、流れ作業のように空の皿へと盛り付け、アンナに手渡す。
「さぁ、食え。戦場の飯ってやつを堪能しろ」
「戦場の飯って……普通、こんなに豪華じゃないでしょう?」
顔を顰めながらも、アンナは箸を手に取り、焼きたての肉を一口だけ齧る。
「うん……悪くないですね」
その瞬間、今の環境と状況で硬直していた緊張気味な彼女の表情が、少しだけ和らいだ。
「これで暫くは補給の心配はいらねぇな。まあ戦利品を目の前にして、酒が無いのは唯一の問題だが。どうやら、ここの店主は酒よりも、ベル・サイダー派のようだしな」
アンナの様子を見て満足そうに頷くと大介は、自分の皿に盛りつけられている肉を豪快に食べ始める。
口の端に肉汁を垂らしながら彼は、マーケット内の物資を全て手に入れた事を考え、一際明るい笑みを浮かべた。
映画の明るい音楽と焼肉の香りに包まれ、彼ら彼女らは束の間の安らぎを手に入れる。
「……でもグールさんが、このパーティーってやつを始める前に、どれだけ私が苦労させられたか忘れないで下さいよ」
何処か不貞腐れた感じで言いながらも、アンナは切り分けた肉を己の口へと運ぶ。
「いいんじゃねぇか。命あってのことだ。それにはら、美味い肉と映画がある。これ以上、何を望む?」
「……はぁ」
大介の言葉に彼女は呆れたように肩を竦めた。
そして二人の不思議な昼食は続いてゆく。
――――それから瞬く間に一週間という日数が経過した。
大介とアンナはマーケットでの生活が思いのほか快適であり、ついつい長居してしまったのである。
だが流石に、そろそろ旧東京に向かわないといけないという危機感が募ると、諸々の補給を済ませて鞄を大きく膨らませてから、二人はマーケットを出て目的地を目指し旅を再開させた。
今現在の時刻は夕方頃であり陽が傾き、柔らかなオレンジ色の光が、大介たちの周りに聳える廃墟の建物を照らしている。
ひび割れたコンクリート壁や、錆びた鉄骨が露出した姿が、長年の荒廃を物語るようだ。
とある廃墟の出口から出て来た二人は、旧東京に向かうべく淡々と歩みを進めている状況。
「ぐ、グールさん! この道を本当に進む気ですか? さっき立ち寄った街の人の話によれば、ここには大量のスカージが居るって!」
怯えた様子で周囲を伺いながら、震えた声でアンナは訴えかける。
その顔は不安で青ざめており、いつもの天真爛漫な笑顔は見る影もない。
三つ編み状の白い髪は風に乗せられて靡き、その純白の煌めきは、この荒廃した風景に似つかわしくないほど鮮やかだ。
ネオテックスという非常にシンプルな装いだが、そのスタイルは華やかさを漂わせている。
そしてスカージとは世界が滅びた後、日本列島を襲った新たな厄災の一つだ。
それはスカージ病と呼ばれており、この奇病に冒された人間は自我を失い、凶暴な存在へと変貌する。
まるでグールやフェラル・ゴウルのような存在だが似て非なるものだ。
そうなればスカージという名の化け物に区分され、その悍ましい姿はかつての人間であった面影を残しながら、異形の恐怖を撒き散らす。
そしてスカージ病の起源は、未だに謎の包まれている。
一説には荒廃した大地を闊歩する巨大な異形生物――”災獣”から放出される何らかの粒子が原因で空気感染すると言われているのだ。
人間がスカージ病に感染すると、その者の身体からは異質な光を放つ”過晶”が露出する。
これはスカージ化の進行によって感染者の体内で形成される結晶体で、その名の通り禍々しい輝きを放ち感染者の全身を赤黒く染め上げるのだ。
さらに一度スカージ化すると、進行を止めたり抑えたりする手段はなく、未だに有効的な治療法は発見されていない。
スカージ化した者は個としての意識を失い、”集団意識”に支配されるようになる。
”我々”と自らを称し、片言ながらも人語を発する事があるが、彼らとの意思疎通は不可能だ。
彼らの唯一の目的は、未感染の生命を襲い感染を広げる事。
まるで荒れ狂う津波のように群れを成して生存者たちに襲い掛かるのだ。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




