第16話 覚悟を決めたアンナさん
「やめて! 来ないで! だ、誰か……助けてぇぇぇぇっ!」
幾ら発砲しても数が減らない状況に、彼女は半狂乱状態に近い声を店内に轟かすと、その場を即座に離れて乱雑に詰まれた陳列棚の陰に身を隠した。
アンナは小刻みに震える手でマグナムピストルを構えるが、その小さな体は恐怖で硬直しているようで、もはや引き金を引く事すらままならない様子。
そして彼女が逃げた事で一部のフェラル・ゴウルたちの狙いが大介に向くと、彼は愚痴を吐き捨てながらも背もたれに使用していた陳列棚を拳で叩き、大量の品物を自分の頭上に降らせて埋もれると、一時的に敵から身を隠す事に成功する。
「アンナ! 左だッ! そっちに集中しろ!」
フェラル・ゴウルたちの無数の手が、彼女が隠れている陳列棚を押し広げているのを、大量の品物に埋もれた状態で、僅かな隙間から確認すると大介は声を飛ばした。
しかし彼の声はアンナの耳には届いていないようである。
今の彼女の視線や意識は、迫り来るフェラル・ゴウルたちの、恐ろしい顔に釘付け状態だ。
フェラル・ゴウルたちは割れた黒い歯を剝き出しており、腐肉が垂れ下がる口が今にもアンナの白き肉体に食らいつこうとしている。
「やだっ! 嫌だぁぁっ!」
悲鳴と共に彼女は、目の前に恐怖から逃げるように、目を固く閉じた。
その瞬間、冷たくも湿り気の在る感触が、アンナの腕を力強く掴む。
そして一体のフェラル・ゴウルが彼女の腕を掴んだ事で、そのまま割れて鋭利と化した歯をアンナの肩へと向けて動かした。
するとフェラル・ゴウルの唾液と腐敗臭が鼻を突き、彼女は必死に抵抗しようとするが力の差は圧倒的である。
「やめて、お願い……助けて……」
涙で濡れた顔が絶望で歪むとアンナは、所持していたマグナムピストルを手から離して床に落とす。
そして彼女は必死に自由が利く片手で、棚の支えを掴んで体を引き離そうとするが、フェラル・ゴウルの力は容赦がない。
だが、その刹那――――轟音が店内に響き渡った。
すると先程までアンナを食らおうと必死に動いていたフェラル・ゴウルの頭部が吹き飛び、血や目玉や脳みそなど腐敗した肉片が彼女の顔や服に飛び散る。
「おい、アンナァ! ここで死にたくなけりゃ、さっさと動け!」
ラジカル・サプレッサーが体内に完全吸収された事で華麗なる復活を果たすと、大介は大量の品物に埋もれた状態で険しい表情を晒しながらも、アンナを睨みつけたままダブルバレルショットガンを構えていた。
そして、すぐさま彼は大量の品物を山を掻き分けるようにして立ち上がると、空薬莢を薬室から排出して足元に転がすと、矢継ぎ早に新品の弾を弾薬帯革から取り出して装填を完了させる。
アンナは震える手を伸ばして陳列棚を掴んで、それを支えに立ち上がろうとするが、足がもつれてその場にへたり込む。
今の彼女は体の芯の部分まで、恐怖に侵されているようで、視界が霞み息遣いも荒い。
「おい、温室地下暮らしの甘ったれ女! 聞けッ!」
フェラル・ゴウルの群れを鮮やかに避けてアンナへと近づき、大介は怒鳴り声を上げながら片手で彼女の首を掴むと強引に起こした。
彼の手は冷たく荒れていたが、その握力には確かな力が込められている。
「お前が死んだら、俺が困る事になるんだぞ! だから泣く暇があったら、撃て!」
大介の言葉には苛立ちに満ちていたが、その奥には微かな焦りが滲んでいるようだ。
「でも……怖いですよ……。私には……もう撃てません……!」
弱々しく言葉を紡ぎ、アンナは震える体で彼を見上げる。
「怖いだと? まぁ確かに、この世界で生きること自体、恐怖かも知れねぇな。だが! 生きたまま食われて死ぬよりはマシだろうが!」
床に落ちているマグナムピストルを拾い上げて、彼女に押し付けるように渡すと大介は周囲を見渡す。
すると次の瞬間――――新たなフェラル・ゴウルが棚の向こうから姿を現し、二人の方へと駆け寄る。
その狂気じみたフェラル・ゴウルの瞳が、アンナに向けられた瞬間、彼女は恐怖で全身が硬直した。
「撃て、アンナ! 撃ちやがれェ!」
彼の怒鳴り声が再び響く。
アンナは引き金に掛けた指を、何とか震えながらも動かす。
そして一発の弾丸が放たれると、それはフェラル・ゴウルの肩を竦める。
だが、それでも足を止めない化け物たちが更に近づく中、大介が再びダブルバレルショットガンの銃口を向けた。
「ちっ、まあいい。あとは俺に任せろ」
その言葉と共に彼は躊躇なく引き金を引くと見事に命中し、相手の頭部は血飛沫を上げると共に砕け散ると、その腐敗した体は床へと崩れ落ちた。
アンナは、その場に座り込むと、肩と震わせながら嗚咽を鳴らす。
「こんなの無理ですよ……私には、無理……」
彼女の顔に自身の涙と、フェラル・ゴウルの血と腐肉が付着し、絶望に満ちた表情が浮かんでいる。
「だったら、ここで泣きながら死ぬか。それとも俺に従って生き延びるかだ」
アンナを見下ろしながら、大介は深い溜め息をついた。
すると彼の冷たい言葉に、彼女は微かに顔を上げる。
「選べ、アンナ。この地獄で生きるってのは、そういうことだ」
使用済みの弾を排莢すると新品の弾を弾薬帯革から抜きと、それをダブルバレルショットガンに装填しながら彼は選択を問う。
そして大介の鋭い言葉は、アンナの耳に突き刺さり、彼女の瞳に微かな決意の色を示した。
「……わかりました。や、やりますよ! こんな所でアイツらのランチにはなりたくありません! まだお父さんにも会っていないのに!」
そう言うと彼女は無理やり全身の震えを抑え込むように立ち上がり、マグナムピストルに新たな弾を装填すると即座に構えて、狙いを眼前に迫り来るフェラル・ゴウルたちの頭部に決めた。
「へっ、良い子だ。お嬢ちゃん」
覚悟を決めたアンナの姿を見て大介は静かに口角を上げて白い歯を晒すと、ダブルバレルショットガンを構え直して銃口をフェラル・ゴウルの頭部へと向ける。
そして二人は逃げずに生き残る為に、フェラル・ゴウルの大群と正面から戦う事を選ぶと、互いの背中を守るように立ち回り銃や刃物、その場にある物を全て駆使して敵の群れを殲滅していく。
それから二人がフェラル・ゴウルの大群を全て倒し終える頃には、アンナは全身に敵の返り血や肉片を付着させて生臭い匂いを発していたが、戦いの影響で興奮しているのか瞳孔を全開にさせて、荒い息遣いのまま両手でマグナムピストルを握り締めていた。
その一方で大介は一糸乱れぬ平穏な息遣いをしており、ダブルバレルショットガンを背中の拳銃嚢に戻すと、ダガーナイフに付着した血を床に落ちていた生理用品を使い綺麗に拭き取る。
――そしてフェラル・ゴウルの一件を終えて数十分が経過すると、戦闘の喧騒が静まり返るマーケット内には血と火薬の匂いが充満していた。
床にはフェラル・ゴウルの歪んだ死体が無造作に転がるが、その肌は放射線の影響で微かに光を放つ部位も存在する。
店内の壁には銃痕が至る所に生々しく散らばり、崩れ落ちた棚の破片が残骸の中で鋭利な影を落としていた。
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