第20話 貴方の帰りを待つ
「……でしたら! 私も父も一緒に戦います! 貴方を一人にはしません! 死ぬ時は一緒です!」
震えながら声を張り上げたアンナは大介に向き合う。
それに対して彼は、一瞬だけ彼女の表情を見つけ、鼻で笑うように顔を顰める。
「はぁ……馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ、お嬢ちゃん。お前みたいな、もやしには戦場は合わねぇ。お前が似合うのは平和な場所で、紅茶でも啜りながら洒落た音楽を聴く事だろう? 俺と一緒に死ぬなんて、ロマンチックの欠片にもならねぇぞ」
苦笑いを浮かべながら大介は、アンナに向き合い人差し指を突き出した。
「茶化さないでください! これは真剣な話しなんです! 私がいなければ、貴方はこの場で――」
彼の言葉を聞いてアンナは、顔を赤らめながらも、怒りの感情を露わにする。
だが彼女の言葉が終わらないうちに、廊下の向こうから一層大きな怒号と足音が迫ってきた。
それは、まるで迫り来る死神の行進のようである。
銃声の間隔が短くなり、壁を揺るがす爆発音が耳を劈く。
「ほらな、お前にも聞こえたんだろう?」
一瞬振り返り大介は近づく敵の気配を感じ取りながら呟く。
彼の声には冗談交じりの軽さが含まれていたが、明らかに真剣な響きも含まれていた。
「死神が鎌を持って、こっちに向かってきている音だ。俺には、そいつを歓迎してやるしかねぇ。だが、お前らは――――」
そう言いながら徐に大介は、懐に手を入れて手榴弾を取り出すと、すかさずピンを抜く。
「邪魔だぜ」
淡々と放たれた大介の言葉に、アンナと和真は一瞬息を呑んだ。
その後、手榴弾は弧を描いて投げられ、数秒後に轟音が響き渡る。
廊下の向こうで、爆風が火花を撒き散らし、断末魔の声が混ざる音が響く。
「おい、アンタ。この馬鹿を連れて、さっさと国会議事堂を出な。今のが時間稼ぎの限界だ。敵はわらわらと湧いてきやがるし、俺には神風でも吹かなきゃもたねぇ」
和真に視線を向けて大介は、冷たい口調で言い放つ。
「お前さんは無能で使えねぇ部類の人間だが、アイツは物の出来が違う。アンナは強い女だ」
軽く身振り手振りを交え話す彼の声には、冷徹さと苛立ちが滲んでいた。
すると一瞬、和真は何かを言い返そうとしたが、怯えた表情がそれを抑え込む。
「……アンナ、お前が案内役をやれ」
意識を和真から外して彼女に向けると、大介は真剣な声色で問う。
その一言にアンナは、俯いたまま小さく頷いた。
「おい、こっちを見ろ。アンナ、平和特区のリーダーは俺と一緒に地獄を見た奴だ。お前と無能な親父が向かえば、当分は面倒をみてくれるはずだ。あの場所で生きるか、ネオテックスに戻るかは好きにしろ」
彼女を呼びつけるように言うと、大介はやや優しい口調で続ける。
「……ほら、いくぞ! アンナ!」
そう叫ぶと和真は彼女の腕を乱暴に掴み、引っ張るように非常口へと向かおうとする。
その手は焦りと恐怖に満ち、どこか失いたくないという、執着も滲み出ていた。
しかし、それに反してアンナの目は大介を見据え、必死に抗うように抵抗を続けている。
「嫌! 私はここに残る! お父さん、やめて! グールさんと一緒に戦うの!」
声を張り上げながらアンナは、子供のように泣き喚き、涙を頬に伝わせていた。
その声には怒りと悲しみ、そして別れを拒む強烈な意思が込められている。
しかし、その力は和真の荒々しい腕には及ばない。
和真の方が純粋に腕力で勝っていた。
彼女の細い身体は、引きずられるようにして、扉へと近づいてゆく。
「やめて! お願いだから!」
アンナの叫びは戦場の轟音に、負けないほど響き渡る。
爆発音や銃声が遠くから聞え、戦場の喧騒が徐々に、この場へと迫り来た。
その中でも彼女の声は鮮烈である。
大介は、その様子を目の端で捉えながらも、拳銃嚢へと右手を伸ばして、既に迫り来る敵に集中していた。
「アンナ!」
和真は怒鳴るように声を上げ、彼女を無理やり引き寄せる。
非常口の扉が大きく音を立てて開き、外からは冷たい風と僅かな光が差し込んでくる。
現在の天気は曇天であり雲が空を覆い尽くし、希望とも呼べるものを隠しているようだった。
その時、アンナが突然動きを止める。
肩を掴む和真の力にも抵抗せず、何かを悟ったような顔つきで大介へと振り返った。
そして大きく息を吸い込むと涙を拭い、強い決意を込めた表情を浮かべて、こう叫ぶ。
「絶対に生きてくださいよ! 私は平和特区で貴方の帰りを待っていますから! 約束ですよ! どれだけ時間が掛かっても、私は絶対に待っています!」
アンナの瞳には決意と祈りが宿り、その声は戦場の喧騒すらも押し退けるように響いた。
彼女は一瞬、微笑みさえ浮かべている。
その微笑は涙で濡れていながらも、アンナの心の中に残る希望の光を示しているかのようだ。
非常口への外へと消えて行く瞬間、アンナの最後の言葉が大介の耳に焼きつき、胸に深く突き刺さる。
そして光が差し込む非常口が閉じられ、彼女と和真の姿は完全に視界から消えた。
大介は一瞬、静かに息を吐き、手を伸ばして非常口の扉を、ゆっくりと閉める。
その音が鈍く響き、外界との繋がりを完全に断つ。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




