第21話 あばよ、またな
「ふっ、そんな一方的な約束を断らせて貰うが……。あの時の借りを返すぜ。ああ、ちゃんとマジでな。なんせ俺様はホロコーストだ。他人に借りを作ったまま、生きていきたくはねぇんだよ」
そして背を向け、笑みを浮かべながら呟き、大介は衣嚢から一本の煙草を取り出して無造作に咥える。
火を点けると煙が淡く立ち上がり、その匂いが彼の鼻腔を満たした。
深く吸い込むと彼は煙を、ゆっくりと吐き出し、その視線を遠くに向ける。
その仕草には焦りも緊張も見られない。
ただ絶対的な覚悟と、自分への揺るぎない信念だけが宿っている。
薄い煙がゆらめき、血生臭い空気に溶け込んでゆく。
そして煙草を咥えたまま大介は両手を懐へ入れると、一世一元の大勝負の時にのみ使う愛用のリボルバーを二丁取り出した。
両方とも磨き抜かれた金色のフレームが鈍い光を放ち、まるで彼の手の中で生き物のように馴染む。
深く刻まれた彫金模様が光を反射し、荒廃した廊下に不釣り合いなほど、荘厳な雰囲気を纏わせる。
リボルバーは、ただの武器ではない。
戦場で彼と共に過ごした時間、そのもの大介の覚悟の象徴だ。
そして大介は振り返る。そこには闇から湧き出てきたかのような大群が見える。
ミュータントたちは四肢を異常に肥大化せて、血走った目を光らせながら走り寄った。
彼らの中には肉体が異形に捩じれた者や、腐敗した皮膚から有毒そうな煙を放つ者も混じる。
獣じみた咆哮が、さらに音を重ねてゆく。
「よう、兄弟たち――ずいぶんと賑やかな歓迎じゃねぇか」
リボルバーを軽く振るう仕草を見せながら大介は呟いた。
その声は滑稽さと恐怖を越えた冷静さが混ざり合い、不思議な威圧感を持って響く。
まるで死神そのものが、冗談を言っているかのようだ。
「悪いが、この先は通行止めだ。俺の大事な、お客さんが通った後だからな。それに……ただ帰してやるのも芸がねぇ。だから、俺様直々にサービスしてやる。たっぷりとな!」
その言葉が終わると同時に、大介は煙草を床に吐き捨て靴底で踏みつぶす。
その瞬間、彼はリボルバーを両手に携え、弾丸を敵の大群に向けて解き放った。
閃光と轟音が交互に廊下を埋め尽くし、リボルバーの銃声が鼓膜を裂くように響く。
弾丸は正確無比だった。彼の狙いは外れることなく、敵の額、喉、心臓――全て致命的な箇所を捉える。
血しぶきが飛び散り、ミュータントたちが次々と崩れ落ちた。
だが、倒れても倒れても、その背後からは新たな敵が湧き出て来る。
「しつけえ連中だな……おい、そこのでかいの! お前、目立ちすぎて的になってんぞ!」
笑いながらも大介は、一瞬の隙もなく引き金を引き続けた。
その手捌きは機械的で、リズムさえ感じさせる。
煙と血の臭いが立ち込める中、大介の動きだけが異様に際立っていた。
やがてリボルバーの弾が尽きた。
大介は一瞬だけ動きを止めて、敵の隙間を見定めるように視界を巡らせる。
腰のポーチに手を伸ばして、素早く弾丸を取り出して装填を行う。
その動作もまた無駄がなく、洗練されていた。
「おいおい、まだ全員楽しんでねぇだろ? こっちは、まだまだ付き合う気でいるのによ……こっからが本番だぜ!」
大きく気分を高揚させながら大介は言うと、再びリボルバーが火を噴く。
だが敵の数は減るどころか、増えているようにも見えた。
彼らの執念深さと数の暴力は普通の人間なら、とうに心を折られているだろう。
しかし大介の顔には笑みが浮かんでいる。
それは死を恐れる者の笑み。己の運命を受け入れた者だけが浮かべる、どこか清々しい表情だ。
「さてと、ここらで締めの一発ってやつだ――俺流の、な!」
大介は懐から最後の手榴弾を取り出す。
それを見たミュータントたちは一瞬だけ動きを止めた。
だが彼は、その隙を見逃さない。
手榴弾のピンを引き抜き、敵の中心へと力強く投げ込む。
「地獄で俺の噂でもしとけよ――兄弟たち!」
大介の陽気な言葉と共に爆発音が轟き、眩い光と共に廊下全体が大きく揺れ崩れてゆく。
煙と瓦礫が舞い上がり、この場は白煙と粉塵に覆われた。
やがて静寂が訪れると、血と硝煙の臭いだけが場に残る。
大介の姿は瓦礫の中へと完全に消えた。それでも彼の背中は、最後まで真っすぐに伸びていた。
大介の最後の戦いは壮絶でありながらも何処か美しく、まるで物語りの終焉そのものであった。
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