第四十三話 輪郭を持つ謎
あれれ。
冷えた回廊には、人の気配も足音も聞こえない。揺らめく灯籠が、僕たちの漢服の生地をより目立たせていた。藪からはリーリリリ、と青松虫が愉快に歌っている。こっちの気も知れないで。
「父上、体調は大丈夫ですか?」
そう言った瑶璃の小さな背中が、木窓の縁から落ちる影に隠れる。皇帝の近くで佇んでおり、寝具には月の光が注がれていた。
「お前なら、私の体調を治せるであろう?」
「へぇ、随分な自信な事で」
瑶璃は肩を竦める。
威厳も何もなく、ただ一人の息子としての対応だった。けれど、やはり瑶璃の言葉からは何も色を感じない。
「……して、瑶璃よ。会いたかった人には、会えたか?」
皇帝の瞳がじろりと僕たちに目を向けていた。けれど、敵意は感じない、そんな目。
(会いたかった人……?)
僕と星蘭は瑶璃に呼ばれ、皇帝の部屋―――乾清宮の寝室に居た。酸っぱい匂いが僅かに残っており、本当に病に伏せられたのだという実感が湧く。換気しても尚、匂いが残るという事はかなりの長い間、病と闘っていたのだろう。
「会いたい人には、会えました。ただ、ボクの事を忘れているようでして」
「お前を忘れるとは、かなり肝が据わっているのだな」
皇帝は寝具の上で微笑していた。咳を交えながらも、硬い頬を上げて、ただ笑う。瑶璃は何も言葉を返さず、月光を眺めていた。
やがて、瑶璃はそっと口を開き、息を吸った。
「……そういう所がいいんですよ。ボクはそういう人間が好きですから」
いつもの躍動感のある言葉遣いではない。皇帝に対しての敬意を示す、当たり前の言葉遣い。敬意があるかどうかは定かだが。
星蘭は只、部屋の隅で腕を組んでいる。まるで、見張っているかのような雰囲気だった。
瑶璃は、なんの為に僕をここに連れてきたのだろう。なんで、僕達を皇帝の寝室に招きいれるのか。そして、どうして皇帝は拒否しなかったのか。
皇帝に少しばかりの足枷を感じる。まるで、次期皇帝に逆らえない透明の壁があるように。そんな煩わしさに引っ掛かりを感じる。
「……もう少し、頑張ってくださいね。そしたら、すぐに治します」
瑶璃は目を細めたまま、皇帝にそう言い放った。対して、皇帝は、慣れたかのようにゆっくりと瞬きをする。
「目的を早く果たせ、私は辛抱強くないのだ……」
ぽつりと落としたその言葉には、あまりにも軽い。僕がそう感じただけかもしれない。本当に辛抱強くないのなら、こんな言葉を言わない。まだ耐えてやる、頑張ると。
瑶璃の黒髪がゆらりと揺れ、同時に―――――。
小さな光が見えた。見逃してしまう程の……小さな光。
(……今、能力使った?)
僕は眉間に皺が寄り、流れるように星蘭に視線を移す。けれど、星蘭は何事も無かったように……只、窓枠の外をじっと見るだけだった。
パタン、と扉が閉まる。
回廊に放り出されたような複雑さが心に渡る。実際、放り出されていないし、自分から出たのだが、妙に落ち着かない。瑶璃は平然といつものように振舞っていて、その落差に息が詰まる。
「さて、君たちの翌朝は早い。早く寝るようにね」
瑶璃は手をひらひらさせて、袖がゆっくり揺れる。彼の背後が遠ざかりそうで、僕はすぐに言葉を吐き出した。
「瑶璃」
瑶璃の肩が静かに揺れる。彼の伸びる影は、僕の足元まで伸びたように見えた。まるで、黒猫が威嚇するように。
「さっきの小さな光はなに?」
僕の言葉に、隣に佇んでいる星蘭が息を呑む。いや、視界の端で少しだけ髪が揺れただけかもしれない。
ほし、ください




