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未来視の月華は選べない  作者: もんちょ
第二章 七夕の願い編
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第四十話 七夕と短冊に願いを

第二章完結です。次は番外編!


 『ダークヒーロー気質』という言葉に、僕は顔を歪める。そんな自覚は勿論ない。

 目の前には、満面の笑顔を浮かべる瑶璃。隣からは、息を吐く彗蓮が居た。


「……瑶璃様」

「分かってるよ、彗蓮。違うって事」


 瑶璃は手をひらひらさせて、袖の皺を直す。そして、気を取り直して、冷えた言葉に優しい温度が戻っていった。


「えーと、そうだなぁ。いつも通り過ごせばいいよ。君を犯人だと言う人には、ボクがしっかり注意しとくし」


 本当に丸く収まるのだろうか。不安は拭いきれず、袖を掴む力が強まる。

 もし、星蘭が捕まってしまったら、処刑されてしまう。それは僕も同様だった。一度、暴走し始めた民衆の勢力は計り知れない。顔の見えない無数の群衆が『処刑しろ』と声を上げれば上げるほど、僕たちに抗う余地はなくなっていく。


 瑶璃は、短く息を吐く。


「いつまでも暗い顔をしていても始まらないよ。ほら、外を見てごらん」


 僕の沈黙を破るように、瑶璃がひらりと顎で窓の外を指した。

 広がるのは色とりどりの飾り紐。黒く焦げた飾り紐もない。生き残った小さな願いたち。夜風に揺られて生き生きしていた。


「……七夕の日は、もう過ぎちゃったけどさ」


 ふと、瑶璃が首を傾げた拍子に、その黒髪の間から白皙の首筋が垣間見えた。垂れ落ちる数本の髪。不器用で、けれど、必死に、慰めようとしているのが分かる。


「短冊でも―――――」


 瑶璃が言葉を紡ぎかけ、穏やかな空気が流れたその時。走ってくる足音が聞こえたかと思いきや、勢いよく扉が開かれた。


「月華、月華! 見ろよ、これ! でっかいだろぉ~……あー、えーと」


 『お取込み中だったか……?』と星蘭は、後ずさる。釣り竿を肩に担ぎながら、竹で作られた網状の容器を見せようとしたのだろう。

 もしかしたら、星蘭を避け続けていた元気がない僕を、気にして、喜ばせようと……いや、話す口実が欲しかったのだろう。

 ピタリと動きを止めて、気まずそうに目を逸らす星蘭。けれど、それよりも僕は、紅い髪がいつもの色で褪せていて、心の底からほっとしていた。

 

「いや。今ちょうど、短冊を書かないかっていう話をしていた所だよ。星蘭もどう?」


 瑶璃は星蘭を手招きする。小さく揺れる黒色の袖は、何故か明るく見えた。

 懐から赤、青、黄―――と彩りで溢れた紙が取り出されていた。


「た、高い紙だな……」

「ボクは、皇族だからね。当たり前」


 絶句する星蘭を横に、普通かのように言葉を返す瑶璃。久々の空気に、僕は思わず頬が緩む。


「あんまり、使い過ぎないでくださいよ~……瑶璃様」


 苦労人の主簿―――彗蓮は、困ったように眉を下げている。けれど、同時に微笑んでいた。

 瑶璃から貰った上質な紙に、何を書こうかと思考を巡らせる。冷涼な香りが、硯の中で踊り出し、波打つ墨。墨を擦る音は、まるで思考のノイズが一つずつ足されていくような感覚だった。

 

 そして、悩みに悩んだ結果、『これからも、ご飯が食べれますように』と書いてしまう。


(……流石に、ちょっと子供っぽいかな?)


「月華は、なんて書いた?」


 ひょこ、と顔を出す瑶璃。そして、僕の手元に目線を落とした。すると、急にフッ、と勢いよく吹き出した。


「さっ、ふふ、さすがに、呑気すぎてっ」

「わ! 笑わないでよ……!」


 拳骨を振るいたいぐらいに、僕はイラッとした。僕らの会話が気になったのか、覗きにくる彗蓮。


「……っうん。ふ、いいと思う…」


 明らかに、彗蓮も笑っていた。笑うのを堪えているみたいだけど、隠せていない。

 僕はこめかみに皺が寄る。


「あー、面白い。ごめんごめん」


 瑶璃に全く思って無さそうに謝られ、更にイライラ度が募るばかり。和むこの空間に、僕は少しだけ息を吐き、結局はつられて微笑んでしまう。

 さっきまで不安げに揺れていた影は、何処にも見当たらず、楽しく揺れる葉の音と夜風で部屋を満たしていた。

 

「星蘭は、なんて書いた?」


 額に片手を当てて、机に肘をつく星蘭。瑶璃の言葉に、『まだ、何も書いていない』と返事を返す。

 僕は、おそるおそる背後から見る。確かに、何も書かれておらず、悩んでいるのは明白だった。

 すると、星蘭が息を吐き、僕の方へと振り向いた。紅い髪が揺れ、影が踊る。


「月華、なんか、いい案ないか? 俺、何にも思いつかなくてさ……」

「うーん」


 『思いついたら、ここに書いてくれ』と全部、丸投げされる。人任せすぎるところに溜息を吐いた。

 僕は顎に手を当てて、唸る。その時に。自分の白い袖が視界で主張するように揺れていた。


(……あ)


 僕の表情の変化に気づいたのか、僅かに瞼が開く星蘭。


「もう、思いついたのか?」


 僕は短く返事をし、筆を手に取る。

 一文字ずつ、丁寧に書き、色紙に墨が滲んでいった。水に広がるような懐かしみに浸る、そんな心地。


「……ぁ」


 星蘭から小さな声が漏れる。開かれた黄色の瞳には、光が溢れていく。


「もうできた?」


 瑞々しい笹の葉を持った彗蓮は、僕たちに声を掛けた。立てかけられたそれは、葉の温かな影を落とす。もうとっくに彗蓮のも、瑶璃のも、短冊が掛けられていた。さらさらと音を立てる笹の葉に、僕は星蘭の手首を優しく引っ張った。


「わ、月華?」

「なに? 不満?」


 『そういう事じゃないが……』と言葉を濁らす星蘭。僕はそんなの気にせずに、二枚の短冊を取り出す。

 丁寧に、笹の葉に掛けて、結び……僕は温かく、はにかむように微笑んだ。


「ん? なんて書い―――――」


 短冊を見た彗蓮は、言葉を止める。代わりに、目を丸くしていた。横から短冊を見ている瑶璃は、小さく笑い、ぽつりと言葉を溢した。


「君たち、らしいね」


 彩りで溢れていたこの数日間。あまりにも眩しく残酷だったが、同時に心に温度をもたらせてくれた。

 笹の葉の横を通りすぎ、各自、自分の部屋へと戻っていく。今日も一日が終わろうとしている。

 星蘭の短冊には、僕の筆で願いが綴ってある。白一面に、彩られた短冊きっと綺麗なのだろうと。


『いつまでも、一緒にいられますように』


 たんぽぽの代わりに、色彩豊かな短冊が舞っていた。





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