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未来視の月華は選べない  作者: もんちょ
第二章 七夕の願い編
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第三十七話 七夕落月ルート



「し、に……たくないっ―――」


 痛いとは言わない。

 只、死にたくない、死にたくないと。

 裂けた腹部から鈍い色をした刃物が露わになる。目の前の僕は、ごぼ、と嫌な水音を嘔吐した。赤に染まり、白はもうない。


「ま、だ―――――ゴホっ、し、ねないッ」


 不規則に血を溢し、水溜まりに手を付いていた。皮肉にも、その水溜まりに、自分の姿がくっきりと映っていた。死にそうな僕も、傍観者の僕も。

 死にそうな自分の姿に、きっと落胆しているのだと思う。僕だったら、そう思う。朧気な瞳と、今にも死にそうな、自分の姿に。


「あ……っ、や、やだ、月華っ」


 星蘭は女性に目もくれず、倒れている僕を抱えていた。死にそうな僕は、だらり、と腕が垂れ落ちる。

 肩でくすくすと笑い、袖で口元を隠す白髪の女性。


「あーぁ、汚い。血だらけになっちゃった」


 あくびする彼女は、血溜まりに波紋を浮かべさせながら、扉の方へと向かう。まるで、最初から星蘭が居ないかのように。


「……っ」


 星蘭は震える手で、倒れた僕の髪を優しくはらっていた。息を確認するように、何度も口に手を当てたり、耳を近づけたり。

 僕の肩に、突然、誰かの重さが乗っかる。振り返ると、彗蓮が、心配そうに顔を覗き込んでいた。


「月華。辛くなったら―――」


 言い終わる前に、僕は首を横に振る。最後まで見届けないといけない。これは、僕の使命であり、ちょっとした……償い。

 軽く頷く彗蓮。何も言わなくても、伝わったようで、少しばかり安心した。


「いやッぁ! いたい、っ、う」


(え?)


 目の前には、血しぶきが飛んでいた。雨に混じった霧。けれど、優しいものではない。まるで、針のように痛く、赤く視界が染まる。

 何が起こったのかと、彗蓮に目を向けても、顔を顰めるだけ。


「……金輪際、殺してやる」


 星蘭が刺していた。月華を抱えながら、白髪の女性を。声を震わせて、萎れた声で、淡々と『殺してやる、殺してやる』と。


(……聞いた事ない言葉)


 星蘭からそんな言葉が吐き出される事なんて、聞いた事がなかった。

 白髪の女性は、お腹を抱えながら勢いよく倒れ、血溜まりに大きな波を作り出す。

 星蘭の震える口がそっと開かれた。


「―――っ、月華」


 赤い水溜まりに、ぽと、ぽと、と水色の波紋が広がる。歪んだ感情が、水面に現れた気がした。


(星蘭が……泣いて―――――)


「な、い……てる?」


 自分が丁度、思っていた事を、倒れている僕が言葉にしていた。死にそうなのに、枯れた声を出している姿に、思わず僕は苦笑いする。


(……確かに僕だったら、そうしていたかも)


 血に染まったはずのもう一人の僕は、言葉を続ける。


「な……か、ないで」

「あ……しゃ、喋るな、静かに、月華……」


 星蘭の紅い髪が、倒れている僕に少し覆いかぶさっていた。掠れる袖の音と、震える星蘭の手。

 倒れている僕の瞳から、光がどんどん消えていく。荒かった息も今はもう、何故か静かだった。波打った水面には、必ずいつか静かになるのと同じ。

 大きな衝撃を与えてしまえば、静かになってしまう。死んでしまう。雲隠れする水色の瞳。その瞳を持った、もう一人の自分に一層、影が増した。


「さ……い……しんらん―――――」


 僕たちに聞こえない程の声量。ぽつぽつと、星蘭に、死にそうな目の前の僕が、語り掛けている。

 一文字ずつ慎重に汲み取って、花びらの欠片を集めると―――――。


『最後に星蘭の顔が見れて、幸せだった』


 僕は、鼻がツン、とした。


(―――あぁ……、だから、あの時の星蘭も)


 僕に向けた言葉には、聞こえなかった、あの言葉。あの時の星蘭の声が脳裏を駆け巡る。


『最後に月華の顔が見れて、幸せだった』


 来ないはずの風が、僕の紅いピアスを揺らし、視界は菜の花の欠片が舞う。徐々に、その場は花弁で埋め尽くされた。

 僕は袖で目元を擦る。拭っても拭っても、溢れる涙に逆らえない。


「月華」



 彗蓮の声に、僕は肩を揺らす。彼は、優しく指を前へと突きだしていた。


「―――見て」


 彼の指先を追う。その景色に、僕の水色の瞳に、柔らかい色が入った。思わず、声が漏れる。


「……ぁ」


 青空の下で無数のタンポポが風に揺らされて、舞っていた。思わぬ光景に僕は目を見開いてしまう。先程までは、赤で染まっていたのに、今の景色は、白一面だった。

 そして―――――。


「なぁ、たんぽぽ、好きなのか?」


 小さな子供が二人。紅い髪をした男の子と、白髪の男の子。白髪の男の子の耳には、紅いタッセルピアスが揺れている。赤髪の男の子は、見慣れた顔の面影がある―――それは、星蘭だった。


「うん。だって、しんらんが、ぼくたちみたいって言うから」


『だから、好き』と柔らかい笑みを浮かべる白髪の男の子。その子は、幼少期の頃の僕。


 ふぅ、と勢いよく綿毛を空へと舞いあげて、その光景を眺めていた。子供の僕が、そっと息を吐くように言葉を溢す。


「いつまでも、いっしょにいられますように」


 純粋に、心の底からの願い事。それを聞いた星蘭はどう思うのだろう。

 嬉しいのだろうか。悲しいのだろうか。呆れるのだろうか。どれも、違う気がして、答えは見つからない。


(どうして、)


 僕は幼少期の記憶があまりない。星蘭と出会った頃からの記憶はある。微かに、この思い出は記憶に残っていた。けれど、ここまで鮮明に、大切に、覚えてくれている星蘭に心が切なくなる。

 僕は涙がほろほろと、足元のタンポポを揺らす。


(……彗蓮は、いじわるだなぁ)


 さっきの悲劇だけで十分なのに。僕の心を癒そうと、意図的にこれを見せたのだろうか。ランダム式なのに、どうやってこれを引き当てたのだろう。偶然だとしたら、それは奇跡に近い。


「帰ろっか、月華」


 たんぽぽの綿毛が一斉に飛び、視界が白く染まっていった。


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