表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来視の月華は選べない  作者: もんちょ
第二章 七夕の願い編
PR
38/50

第三十六話 記憶

月華......私も読者になった気分、


「へ? 星蘭のこと?」


 沢山の書類を抱えた彗蓮の間抜けた声が部屋に流れた。そのまま、書類をどさり、と机に衝撃が走る。少しだけ上質な木製の机に向かい合って座り、彗蓮は耳を傾けてくれていた。


「うん」


 湯呑の揺れる水面は、映ったものを歪める。

 僕は彼から一切、目を逸らさずに一文字一文字ずつ噛みしめるように言った。

 

 大尉様の言葉で気づかされた事がある。

『不安』なのは、『知らないから』。

 少しでも、『不安』がなくなるように。

『不安』に思ったら、まず知る努力をすればいい。

 できる限りの情報を掴んでおけば、心が軽くなるだろうと。


「その……僕に」


 これ以上ないお願いだった。心からの至誠。淡く白い光は、影を徐々に覆いつくし、斜めにずれていく。


「僕に『星蘭の過去』を教えてください……」


 自分の口から、蚊の鳴くような声が湯呑に消えていった。


「…………」


 彗蓮の長い袖が少し揺れる。この部屋には光で充満しており、僕と彗蓮の影だけが大きく目立った。

 なかなか返事が来ない事に、心が緊張で強張る。空白の中で期待の気持ちは降下していき、僕は諦めの色で染まっていた。  


 あぁ、やっぱり断られるのだと。

 断られたらどうしようと。

 まだ擦った跡が残っている目尻に、じりじりとした焦燥感に駆られた。

 

 そう思っていると、突如、紅いピアスが後ろ風で、頬を掠める。少しだけ生ぬるい風。


(……っ)


 書類がひらりと一枚ずつ、一枚ずつ勢いよく捲れる。窓から流れる夏風。それによって、次第に、視界を白―――いや、薄い菜の花色に埋め尽くされた。ぺらり、と勢いよく舞う光景は、何故か心を揺さぶるものがある。


「いいよ」


 菜の花色の隙間から彗蓮の微笑む口元だけが映った。

 思ったよりも素朴な声。思ったよりもあっさりしていて、まさに彼らしい。僕がどれほど心を擦り減らしているのか、すべて察してくれているような、温かい声だった。

 ゆっくりと舞い落ちる紙吹雪の中で、僕は思いっきり、はにかむように微笑んだ。

 

 星蘭に近づける気がして。

 少しでも救いのある未来にできる気がして。

 湯吞に映る僕は、もう歪んでいなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「もう~、どうして、飛んじゃったのかな」


 落ちた書類をとん、とんと机で整える彗蓮。次は飛ばないように、石を上に置く。そして、再び椅子に腰を下ろし、溜息を吐いた。


「流石に『過去を見る』って言っても……僕は有能じゃないから、一気に見せる事は無理だよ~……」


 『無理、無理』と言い、手をひらひらさせて、困ったように言葉を綴る。左右に首が動き、表情は呆れと申し訳なさが混ざっていた。


「そもそもの話、星蘭に聞けばいいと思うけど……?」


 彗蓮の鋭い言葉に、たじろぐ。

 知っている。それが一番の近道で、楽だという事を。二人で相談しながら、最悪な未来を回避した方がいいかもしれない。けれど、僕はあえてそれをしなかった、できなかった。

 僕は言い淀みながらも言葉にする。


「星蘭が自分から話してくれるまでは、何も知らないフリをしようと思って……」


 僕の心が弱いだけかもしれない。けれど、同時に僕からの最大限の優しさでもあった。星蘭に隠し事を言ってしまったら、かえって不安にさせてしまうかもしれない。いつもと違う、今回の月華は違うのだと。

 彗蓮は困ったように柔らかく笑い、『そっか』と言う。

 

(……僕、弱いなぁ)


 きっと、星蘭のちょっとした仕草や寂しそうな横顔を見る度に僕は心に黒い墨が広がるだろう。それでも、あの日、秘密を知った日から……僕は『知らないフリ』をしようと心に決めていた。

 彗蓮は湯呑の水面を眺めながら、自分を見つめてこう言う。


「ちなみに、僕が使う能力は人にも見せる事ができるけど……見たい?」


 その言葉に、僕は目を大きく開く。すると、慌てて彗蓮は被せるように訂正した。


「能力の応用で、こういう事ができるんだよ。多分だけど、いずれ、月華もできると思う」

「応用……」


 僕は未来視を頻繁には使わない。なぜなら、負担が大きいからだ。何もない時もあれば、肉体的、精神的に影響を及ぼす事もある。


『三日間も寝たくなかったら、あんまり未来視を使わなければいい』


 それは日没頃、瑶璃に助言を貰った時の言葉。頻繁に使ったら三日間眠ってしまう……だから使用を控えろと。

 なのに、今は、それに加えて『痛み』を伴うようになってしまった。今回は頻繁に使ったわけではない。 だから、三日寝込むことはなかったが、明らかに異変が起きていることは自分でも嫌なほど分かる。初めてあの痛みを感じたのは、確か朝会の時だ。


(……練習なんて、できるわけない)


 応用を習得できるほどの反復練習は、この身体ではほぼ不可能に近い。本番の一発勝負で、応用のコツを掴むしかない。


「そういう事だから、一緒に星蘭の過去を見る事になると思う。心の準備は大丈夫?」


 チャリ、と眼鏡が揺れ、首を傾げていた。腕もやんわりと組んでおり、心配そうに僕の顔を覗いている。

 僕は唇を固く結んでから、小さく息を吐いて、覚悟を言葉に乗せた。


「うん」


 その言葉だけで、彗蓮は安心したように顔を緩ませた。すっ、と腰を浮かせて、立ち上がる。


「よし、じゃあ―――」


 『行こっか!』と軽々しく言いながら、僕の額に手を翳して、彼は目を閉じた。

 次の瞬間、視界は優しい光で染まっていく。彼の手から伝わる海の波がひんやりと流れて、何故か心地いい。包んでくれるような暖かさと、息のしやすさ。澄んだ空気が、緊張を解してくれた。


 視界に広がるのは、卯の花のような色。次第に、それは薄れていき、僕は瞬きする。


「わ……」


 僕の瞳に映るのは、朱色の柱が並ぶ回廊と、忙しく働いている役人たち。柱の影が、足元を覆っている。蝉しぐれと笑い声、励ましの言葉が行き交っている。

朱色の柱に触れようとしても、触れない。触ったとしても、貫通してしまう。手を光に翳してみると、若干透けていた。

 何故か、感触も感じず、匂いも感じない。只、視覚と聴覚だけが機能している状態だった。


「星蘭の記憶の一部だね~……ここは」


 横には、能力の発動者である彗蓮。何かを考えているのか、顎に手を当てていた。


「うーん、いつ頃の記憶かさえも分からないなぁ……」


 眼鏡をくい、と上げて、抜からぬ顔を浮かべている。眉間に皺が寄っていた。

 僕はそれでもすかさず質問を投げかける。


「自分の意志で、見たい記憶を選んで、再生してるんじゃないの?」

「ううん、完全にランダムだよ~」


 その言葉に、僕は何も返せなかった。自分だって、視たい未来を選択できるわけじゃない。だからなのか、妙に納得感があった。


「うわっ!」


 突然、彗蓮は声を上げる。僕は思わず肩が上がってしまった。


「きゅ、急になんなの? 驚かせないでよ」


 愚痴を彗蓮に吐けば、彼は首を横に振る。


「ふ、不本意なんだって! だって、急に僕の身体にめり込んでくるだもん!」

「な、何が?」

「星蘭だよ!」


 涙目の彗蓮の後ろを見ると、属官に話しかけている星蘭が居た。楽しそうに声を弾ませていて、僕は心の底からほっ、とする。


「近くに居たんだね」

「いや、気づかなかったの? 星蘭が横を通りすぎていたのに?」

「ちょっと、目の前の景色に夢中で……」


 自分が透明になっているという新鮮な体験に、正直興奮していた。まるで、幽霊になったみたいで面白い。自分の手に光が当たると、角度によって色の見え方が違う。赤、橙、黄、緑――――グラデーションのように光が貫通していた。

 思わず魅入っていると、彗蓮の袖が揺れる。


「月華、月華。それよりも、星蘭の後をついて行かないと」


 彗蓮は続けて『離れちゃだめだよ』と言いながら、僕の袖をくい、と引っ張る。ちょっとした不満を募らせながらも、ぶっきらぼうに、『分かったよ』と僕は返事をした。

 行き交う人々はとにかく明るい。眩しい程に、活気が良かった。ある意味、不気味さを感じる。影が――――そう物語っていた。

 彗蓮の眼鏡が揺れ、またもや声を上げる。


「あ、星蘭が角を曲がった!」

「ちょ、見失ったら元も子もないよ」


 あたふたしている彗蓮を無視して、僕は走り出す。ざらつきや凸凹を感じない地面を、おぼつかない足取りで僕らは追いかけていた。体力が圧倒的に足りない僕でも、何故か息が上がっていない。


「ここって……」


 僕は思わず、声が漏れた。だって……ここは、最近行った場所―――宮廷の片隅にある平屋だった。普段は誰も近づかない。やはり、手入れの行き届いていない庭と雑草が生い茂っていた。

 後ろで控えている彗蓮は何も言わない。もう分かったのかもしれない。何かに気づいたのかもしれない。

 色褪せた朱色の柱と、鴉の群れ。あの時の恐怖がまだ心にこびりついている。

 僕はその扉に近づいて、星蘭が開ける瞬間を見守った。


「月華……なんか」

「どうしたの? 彗蓮……?」

「声、扉の向こうから……」


 僕は首を傾げる。『誰の声なの?』と言い終える前に、声が耳に届いた。


「しにたくなっ…………こない、で」


 液体が垂れ落ちる音。耳を塞ぎたくなるような生々しい音。一気に押し寄せてくる血生臭。

 蝉の音が徐々に大きくなる。


(……え?)


 僕が違和感を持つのと同時に、その星蘭は震える手で、勢いよく扉を開けた。視界に飛び込んでくる光景は、見た事があった。けれど、決定的に血を流している人物は違う。

 白い地面には、どろりとした赤く濁った色が、水溜まりのように広がっていた。


「あ……っ、嫌、嫌だ、月華、月華」


 狂ったように、息が上がる星蘭。震えた声を溢しながら、奥へと進む。けれど、何かを潰すような音が次に聞こえた。


 最後のトドメを刺すようにその女性は、刃物が白髪の青年の腹を抉る。水が破裂するような、嫌な音。僕は思わず顔を歪める。


(……あぁ、)


 目の前の白髪の青年は―――僕だった。


これ、すぐに五十話行くんじゃ、?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ