第三十話 フリを続ける
ちょっと報われてほしい
女性の肌が、赤くじわじわと爛れていく。声にならない悲鳴と嗚咽する声が交互に聞こえ、どれほど痛いのか想像もできない。
「――――ッい、やだ、あ、ッ」
命まで奪ったわけではない。なのに、彼女はまるで死に間際にいるかのような反応。
片足と片手に火が飛び移っているだけなのに。
大きな木板で下敷きされているだけなのに。
血溜まりなんて、少しだけ。
「ねぇ、痛い?」
彼女の髪に影ができる。炎の光がゆらゆらと照らしても、その影は消えない。
涙でぐしゃぐしゃになった顔はとても醜かった。灰で汚れた頬も、一部だけ灰になった漢服も、全てみすぼらしい。
「痛くて、痛くて、何も言えないんだよね?」
言葉にすらならない彼女を差し置いて、僕はまだ言葉を続けた。
「あらかじめ乞巧楼の支柱に切り込みを入れて、早く倒れるように仕組んだ。そこに僕を誘い込んで、押し潰そうとしたんでしょ?」
『違う?』と彼女に問いかけても、返事は帰って来ない。眉を強く中心に寄せて、涙が次々と溢れ出ているだけ。
「天の子だったら、潰されずに済んだはずだよね」
『未来が視えるんだったら』と僕は淡々と彼女に告げた。一部始終見ていた少数の役人たちは、今の光景をどんな風に思うのだろう。もう彼女のことを天の子ではないと思うのだろうか。
「まぁ、いいや。とりあえず、消火してもらったら?」
ひらひらと手を振って、僕はその場から背中を背けた。
水を撒く属官と侍女たち。水は蒸発し、星を浮かべる夜空に消えていった。火の海だった庭園は静けさを取り戻し、焦げ臭い煙だけがその場に漂う。
僕は咳を込みながら、おぼつかない足で辺りを見渡した。
「月華!」
聞きなれたいつもの声が聞こえ、影から目線を外す。そこには歩く瑶璃と彗蓮――――そして、一心不乱に走ってくる星蘭だった。
安堵のせいなのかもしれない。手、足、首に襲ってくるじりじりした痛み。火傷した箇所がじわじわと広がっていくような感覚に、僕は顔を顰めた。
星蘭の短い呼吸の音が目の前まで迫る。
「……っ。星蘭?」
『どうしたの?』と聞いても、返事はない。その瞳には僕の煤まみれの顔、赤く爛れている首筋が映っていた。
「む……しな」
「? 聞こえないよ」
彼はもう一度、大きく息を吸って、はっきりとこう言う。
「……無理しないでほしい」
その声はひどく震えていた。 いつも僕を守ろうとしてくれる彼が、今にも泣き出しそうな顔で僕を見つめている。
僕はただ、僕を害そうとした愚かな女に、それ相応の報いを与えただけだ。
「無理なんてしてない」
だけど、星蘭の手が僕の無事な方の肩に触れた瞬間、その体温の温かさに、自分の身体が驚くほど冷え切っていたことに気づかされる。
僕は少し……少しだけ、悔しかった。
本当は、うすうす気づいていた。未来視を使いすぎると、代償が大きい事に。精神的にも肉体的にも、耐え難いもの。
僕は大丈夫じゃないのに、大丈夫なフリをした。
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