第二十一話 予感
えーと
「これより、朝会を始める」
瑶璃の低い声に、僕は息を呑んだ。いつもの無邪気さはない。むしろ逆で、支配されているような感覚に陥る。
少しざわついていた空間はピタリと止み、視線が瑶璃に集まった。
「まずは報告から」
「はい」
丞相様の低く通る声が、広大な広間に響き渡る。いつもの軽薄な様子は微塵もなく、一国の重臣としての威厳に満ち溢れていた。
これは儀式ではない。普通の朝会だ。淡々と国政の報告が続き、本来なら僕のような新参の属官が緊張する必要はない……はずなのだが―――――。
(……いたい)
整然と並ぶ百官からの視線が僕の皮膚を刺す。何だか、喉がカラカラに渇いている気がした。
「―――――以上をもちまして、各州からの税収、ならびに先の米の紛失に関わる事後報告を終わります」
丞相様は深く一礼して、一歩下がる。何だか、この空間から嫌な気配がする。未来視を持つが故の違和感か、それとも根拠があるからの違和感なのか、区別もできない。
ちらりと星蘭を見ると、『気にするな』と言われている気がした。
「何か質問のある者は?」
瑶璃の言葉に一人の役人がそっと手を上げる。目尻は長く切れ、鼻は高く、一見して堂々とした容貌であった。身なりから格式は高いのだろう。
「太史令、何か問題でも?」
その役人は顎を引いて一歩出る。漆黒の床には、装飾品で光が反射し、長細く伸びていた。
瑶璃は手振りで発言を許す。それを確認した役人は、軽く腰を低くした。
「失礼ながら、進言申し上げます」
その役人は一礼し、眉をひそめる。場の揺らぎをわずかに感じた。太史令が進言するという事は、朗報よりも凶報が勝つ。
「昨日、凶星に不穏な兆候が見られました。これは身近な者の裏切り、あるいは―――他国からの刺客の可能性が高いです。国を揺るがす大災のほんの兆しに過ぎないですが、注意すべきかと存じます」
太史令の切れ長な瞳が、流れるように僕を見た。そして、目を伏せて一礼し、一歩下がる。
彼の言葉にざわざわと林がゆれるように騒めく。袖が揺れる音、不穏な憶測が飛び交う声で緊張感が走った。
光を帯びていた反射した影は、まるで黒い墨を落とされた水のように濁っていく。煙のように広がっていき、場を暗くさせた。
でも、無理もない。太史令は天象を元に占い、予言をする。国の安泰の為に、予言をする役職だからだ。
(『国滅亡』の一歩かもしれないってこと……?)
もし、そうなのだとしたら止めないといけない。これからの未来のため、僕の命のため。
何が起きるか分からない。未来視を持っていても、道筋が見えない為、油断は禁物だ。太尉府とのお茶会の時が、その失敗の一例。
僕はそっと目を閉じる。ポン、という機械的な音が聞こえた。
(……あれ)
脳内に広がった景色は、火に包まれていた。複数の木が燃えている。パチ、パチと小さな破片を飛ばして、火の粉が夜空を飾っていた。鼻を突く焦げ臭い煙と、肌を焼くような熱気が脳裏を支配する。儀式で火を扱う事は知っている。けれど―――――。
(方向が違う。これじゃあ、被害者が出る……)
「―――ありがとう、太史令」
瑶璃の言葉に、意識が引き戻される。その時、ぐらりと視界が揺れた。
(……へ?)
倒れまいと自分の手の甲をつねり、何とか正気を保つ。冷や汗がじわりと溢れ、頭に複数の針が突き刺さる程に痛い。
(痛い、痛い、痛い……っ)
顔を顰めながらも、背筋を伸ばし平気を取り繕った。けれど、血流が上手く回らない感覚がした。少しでも気が緩むと思考の糸が切れそうなぐらい......。
あまりの激痛に、その場に崩れ落ちそうになるのを、奥歯を噛み締めて必死に耐えた。
呼吸が早くなる中、フッと痛みが突然消える。
まるで何もなかったかのように。
(痛くない……?)
未来視を使った直後に痛みが襲ってきた。ということは、痛みの原因は未来視だろうか、それともただの偶然なのだろうか。
唖然としていると、視線が注がれている事に気づく。星蘭は正面を向きながらも、心配を込めた眉を寄せて僕を見ていた。
(あぁ、……)
星蘭がループしている事実を知ってから、僕は彼の表情に特に敏感になってしまった。
(……今の表情は)
根拠はないけれど、彼はそろそろ『今までとは違う道へ辿っている』と気づくのかもしれない。
僕だって、星蘭が今までどの道を辿って失敗してきたか分からない。なのに、僕の心の中で直観的に『違う道へ辿っている』と思った。
(なんでだろ……)
先程の痛みの名残でまだ手が震えている。袖の中に隠し、平気を装い、星蘭に笑顔を向けた。
彼は瞼を上げる。『驚くフリ』はしていなかった。震える手をぎゅっと力を込めて、僕は前を見据える。
「さて、最後にボクからの話をしよう」
瑶璃の声で広場がしんと鎮まる。凛としているのに、はっきりとした声はとても子供とは思えない。
「天の子の儀式を無事に終えられるよう、細心の注意を払うように。以上だ」
浅い呼吸と震えが少し残ったままの僕を置き去りに、幕を閉じた。
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