第十二話 光の中で
今回は長めです!
「……星蘭、これ、本当に僕が着なきゃダメ?」
鏡の中に映っているのは、いつもの地味な寺院の服ではない。 これでもかというほど真っ白で浮世離れした装束。さらに頭には、豪奢な髪飾りが載せられている。
キラッと光る髪飾りは、鏡に光を反射させた。その冷たさが首筋に当たり、ひやっする。
「よく似合ってるぞ、月華。瑶璃が用意した服だから、安心していいと思う」
「……いや、あの人は面白がってるだけだと思うけど」
背後で僕の着付けを手伝っている星蘭は、鏡越しに満足げな笑みを浮かべていた。僕は気だるげなため息をつく。
「ていうか、本当にこの作戦が上手くいくのかな?」
「さぁな~」
こんな馬鹿げた作戦。本当に上手くいくのだろうか?
不安な心は、嘘を吐かず自分の表情へと浮かび上がる。
「おぉ~! 案外、様になるね~!」
そう感嘆を漏らしたのは瑶璃だった。僕の周りをぴょんぴょん跳ねながら回る。
「えー光栄です」
「なんかテンション低いね」
(『神』を演じるとか、そんなのテンション下がるに決まってるでしょ)
口から出そうになった言葉をなんとか呑み込む。長い袖が風を受けて、ふわりと舞った。その影は大きく地面に映る。
(『神』じゃなくて、せめて『預言者』じゃない?)
僕は前へと行く瑶璃に気づく。小さな背中を頑張って追いかけ、転びそうになってもなんとかバランスを保つ。
(いや、歩きにく……)
いつもより靴の底が高いため、小さな石が多い所は特に足がぐらついた。花街の女性の人は、いつもこれを履いて日常を過ごしているのだろうか。
僕はその苦労さに少しだけ同情した。
宮廷から東方面の洞窟に僕たちは向かった。
瑶璃、星蘭、そして三府の代表。護衛の軍少し。
(本当にこの人数だけで……?)
揺れる提灯と門を通り抜けて、やっと宮廷の外へと出る。行き交う人々は商業関係の仕事の人が多く、汗を垂らしながら荷車を引いていた。
注がれる視線に耐えれず、足元を見る。恥ずかしい気持ちを堪えて、背筋を伸ばした。
砂がじゃり、と擦れる。
「そろそろ、馬に乗って出発しよう」
瑶璃の言葉の合図で、皆一斉にまたいだ。馬の鳴き声が回りの音を掻き消す。
「月華は、こっちにきて」
そう言って、手を差し伸べてきた。けれど、僕は首を横に振る。
「申し訳ないし、星蘭に乗せてもらう……よっ!?」
僕の腕を引っ張り、瑶璃は持ち上げる。ふわりとした浮遊感にびっくりし、目を固く閉じた。馬の独特な匂いが鼻を掠め、人のぬるい体温が背中から伝わる。暫く経ってから、目をそろりと開いた。
「星蘭の方が良かった?」
瑶璃はにこりと笑う。その姿に、ちょっとだけイラッとする自分が居た。
僕を前に座らせ、後ろに瑶璃が居る状態だった。僕が鍵となるため、守るようになっているらしい。
揺れる木々が影を作る。駆けだした瞬間、風が顔面に当たった。静かな風は、嵐かのような風へと変貌し、息がしづらい。
「馬に乗るの初めて?
「いや、寺院でちょっと訓練したぐらい……」
「星蘭は上手く乗りこなせてるみたいだけど……」
(え、嫌味?)
平然とその言葉が出る瑶璃を殴りたい気分になる。しかも、僕のお腹に手を回すその紳士さでさえも、イラッとした。
「……僕は星蘭と違って、運動神経が悪いんだよ」
僕は吐くように小さくそう言った。なのに、彼の耳にはしっかりと入ったらしい。
「そっかそっか。月華にもちゃんと弱点ってあったんだね」
「僕の事をなんだと思ってるの?」
なんなら、今から向かう場所でさえも弱点だなんて、言えない。
この前もそうだが、軍が大勢いる場所はきらいだ。味方でも敵でも。
鎧と武器を持ってる奴が、大勢集まったら、僕は蹲ってしまう。
「じゃあ、月華は戦場に向いてないんだね」
瑶璃はそう言いながらも、笑っていた。
ふと目の前を見ると、太陽の光が地を這う。木々が開かれ、平坦な道が広がった。眩しいはずなのに、何故か見てしまう。
澄んだ空気が僕の喉を通る。馬に乗った時、こんな光景がいつも広がっていたらいいのに。
脳裏に、悲鳴と血の匂いがした気がした。僕の記憶にいつまでも纏わりつくこの光景。同じ馬の上の光景なのに、こんなに違う。
本来はこんなに美しいんだって、思う。
すると突然、機械的な音が鳴った。
(……未来の音)
僕の様子に気づいた星蘭は、大声を出す。
「瑶璃! 一旦、走るのをやめろ!」
「うん?」
徐々に速度が落ち、息がしやすくなる。僕は深呼吸をし、そっと右側に指を差した。
「右側の森に偵察している人が居る」
僕が言い終わるか否かの瞬間。
ザッ、と不自然に葉が揺れる。未来で視た光景と一致していた。
「捕らえて!」
「はっ」
大尉様が指示を出し、軍は駆けだす。砂埃が舞う。そこから引きずり出されたのは、粗末な革鎧を纏った男だった。その顔立ちは、明らかに僕たちの国のものではなかった。北方の過酷な風に晒されたような頑強な面構え。
それを見て、丞相様はぽつりと溢す。
「……匈奴の者だな」
そして、流れるように横に行く御史様。
「次期皇帝様。敵がこいつらだって分かってたんでしょ」
その御史様の言葉に肩をすくめる瑶璃。
「さぁ、偶然かも」
捕らえられた男は、必死に抵抗しようとしたが、僕の姿を見た瞬間にその動きを止めた。
煌びやかな装飾に白い服を纏った僕をじっと見ている。
「……もしや、天の子か?」
(天の子……?)
男が震える声で漏らした言葉を、背後にいる瑶璃は聞き逃さなかった。僕のお腹に回された腕に、わずかに力がこもる。
「……やっぱりね。匈奴の者たちは神を信じてるっぽい」
彼はそう言って、僕の肩越しに不適に笑う。
「ねぇ月華。今の君は彼らの目に、『不吉な未来を予言する恐ろしい神の使い』に見えているはずよ。……ほら、次の予言、言っちゃって?」
(性格悪……)
ここに居る誰もが同じ事を思ったのだろう。子供の見た目に騙されてはいけない。瑶璃は腹黒なのだ。
僕は視えたもう一つの未来をそっと吐き出す。
「……仲間に合図を送るため、懐に入っている竹笛を吹いてから自害する」
その言葉を聞き、僕らの軍はすぐに懐を探る。そして、竹笛を奪い取った。男の顔が、恐怖で真っ青になる。自分の行動をすべて先回りして言い当てられる恐怖で染まっているように見えた。
男は尋常じゃない程、ガタガタと震える。
(……どうして、そんなに震えるんだろ)
天の子――――つまり、預言者と同じなのだが、普通なら喜ぶはずだ。でも、それは自国を味方した時だけで、敵国に天の子が付いた時にはもう……。
(僕は天の子じゃないけどね……未来視の月華......)
震える男から視線を外し、前へと向き直る。瑶璃は満足げに微笑み、『捕虜お願いね』と数人の軍に命令を出す。そして、馬の腹を蹴った。
「行こっか」
再び強くなる風に顔を顰めた。洞窟はもう、すぐ目の前に広がっている。
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