第81話 当主候補の真実
「カレンデュラ様の描かれた作品を拝見いたしました」
澄んだ瞳にダルトンを映しながら、ガーネットは静かに言葉を紡いだ。
コールの母カレンデュラ様の描いた『私とコールの絵』。
その絵を目にした瞬間、私は不思議な既視感を覚えた。
むくれた私となだめるコール。
――それは、大人になった今でも目にする光景で……。
カレンデュラ様の描く筆先は、描かれた人物の本質を捉えているのではないかしら。
だから、コールとカレンデュラ様、そしてガルシア卿の家族絵の柔らかな雰囲気も、もしかしたら本質なのかもと、私は感じた。
寄り添い、笑い合う3人の家族絵を思い描きながら、ガーネットは口元をゆるめる。
「カレンデュラ様は、ガルシア卿を心から愛していらっしゃったのだと感じました」
厩舎の窓から覗く白い霧に視線を流しながら、ダルトンは掠れた声を響かせる。
「……ふ。利用されているとも知らずに……馬鹿な女だった……」
母を侮辱されたと感じたコールの眉は、途端に吊り上がる。
勢いのまま、ガーネットより前へと一歩踏み出した。
しかし、ガーネットは素早くその手を掴んでコールを引き留める。
そのまま、その場の空気を和らげるようにダルトンへ微笑みかけた。
「ガルシア家にお邪魔してから、ずっと不思議に感じていたことがあるのです。ガルシア卿は、カレンデュラ様のことは名前で呼ばれますが、第一夫人と第二夫人のことは名前で呼びませんよね?」
問いかけには応じず、ダルトンは無言でガーネットへ視線を寄せている。
それを肯定と捉えたガーネットは、続きの言葉を重ねていく。
「カレンデュラ様だけ名前で呼ぶのはなぜか……それは、ガルシア卿にとっても、カレンデュラ様は特別な存在だから、ではないのですか?」
「……ひめ、さま。何を?」
コールの琥珀の瞳に驚愕の色が宿る。
いつものように『姫様』と呼び、恋人のふりをしていることも忘れていた。
コールへ視線を滑らせたガーネットは、柔らかな声色で告げた。
「コールだって、カレンデュラ様はガルシア卿に覚えがよかったと言っていたじゃない」
理解が追いつかないといった様子で、コールは眉を寄せている。
『困惑』という二文字が、コールの頭上に浮かんでいるようだった。
――しばし沈黙が流れた。
ダルトンは沈黙したまま、何やら思案を巡らせていた。
やがて、口の端を吊り上げ、ゆっくりと口を開く。
「女というのは、そういうことに妙に敏感だな。夫人たちも勘繰っていたよ」
遠い日を呼び起こすように、ダルトンは落ち着き払った声を震わせる。
「……20年前の吉兆の年、私には10名の子が生まれた。しかし、男児は3名のみ。予想よりも少なかった」
静かにコールへ視線を寄せ、言い淀むように言葉を落とす。
いつもの厳格な当主の面影はそこにはない。
「コールレオン。その10名の中に、お前は含まれていなかった……カレンデュラの妊娠は、計画の中には含まれていなかったからな」
「……は? どういう、ことだ?」
琥珀の瞳を大きく見開いたまま、コールは首を傾げている。
だがコールの問いかけには答えず、ダルトンは無言を貫いたまま……。
するとコールの手に、ガーネットの指先がそっと触れた。
目を向けると、ガーネットが麗らかな春の陽だまりのように温かく微笑んでいた。
「コール、あなたはね。当主争いの役割を果たすための、ひと粒の種なんかじゃない。2人の愛が結ばれて生まれてきたってことよ」
「……おれ、が?」
ガーネットはただ静かに頷いた。
冷えた心を溶かす陽光のように、柔らかな笑みを添えて。
ガーネットの微笑みが、コールの霧がかった思考を少しずつ晴らしていく。
当主は、俺は当主候補の10名には含まれていなかったと告げた。
俺は、当主の座を争うためのひと粒ではなかった?
姫様は、俺は愛が結ばれて生まれてきたと……。
じゃあ、当主は母さんのことを……?
コールの思考を遮るように、ダルトンのしゃがれた声が響いた。
「……ハッ。勝手な夢を見るのではない。カレンデュラといい、何故こうも自分にとって都合の良い解釈を取るのか」
そうこぼしながら、ダルトンの瞼には『あの日』の記憶が蘇る。




