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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第79話 同じ血を分けたからこそ

 青白い月明かりの下。

 俺はひとり、佇んでいた。


 視界に広がるのは、夜空に輝く鈴蘭の花畑。


 鈴のような小ぶりの花々が、夜風にそよぐ。

 まるで白い絨毯のように揺れ、爽やかな香りが鼻をくすぐった。


 俺はゆっくりと深呼吸をし、その柔らかなぬくもりに顔を埋(うず)める。


 ……ん、埋める?


 微かな違和感が走り、コールは夢の世界から引き戻された。


 ゆるりと瞼を持ち上げる。

 寝ぼけた瞳に広がったのは、コールの首すじに頬を寄せたガーネットの横顔で――


「……すぅ……すぅ……」


 ガーネットの寝息が、くすぐるように首すじを優しく撫でる。


 寝台の上……

 コールはガーネットのぬくもりを抱き寄せたまま、眠っていた。


 まるで愛おしい人を抱きしめるように、ぎゅっと。


「……へ?」


 蚊の鳴くようなか細い声とともに、コールは思案を巡らせる。


 ……待て。


 昨日は確か、姫様の要望で手を繋いだまま眠った。

 緊張して眠れなかったはずなのに、いつの間にか眠ったんだな。


 それもぐっすり……

 っていうか、もしかして俺、寝ぼけて抱き寄せ……ん?


 すると、


「うーん……」


 ガーネットの掠れた声が静寂に溶けた。


「うーん……んー、むぅ……」


 もぞもぞと手足を動かし、目元をこする。

 その仕草は、夢の世界から目覚める気配を漂わせていて――。


 こ、この体勢のままだと、姫様に気づかれる……!


 この体勢は流石に言い訳がきかない、よな。


 名残惜しそうに、コールはガーネットから身を離した。

 それでも、左手だけはそっと繋いだまま。


 ガーネットの瞳がゆっくりと開き、コールを捉えた。

 瞬間、ガーネットの頬が柔らかくゆるむ。


「ふぁぁぁ……おはようコール」


 ふわりと微笑んだガーネットは、朝露に輝く女神のように美しくたおやかで。

 コールはつい瞳を奪われる。


「…………おはよ」


 はにかむコールに気づかず、ガーネットは右手に視線を落とす。


「あっ、ずっと手を繋いでいてくれたのね。ふふ、おかげでとってもよく眠れた気がする。というか、いつもより熟睡できたかも」

「そ……そうか」


 本当は手を繋ぐどころか、抱きしめてたんだが……。

 よく眠れたのなら、まあ良いってことにしておこう。


 ……もちろん、姫様には内緒だ。




 ガーネットは、寝台からゆっくりと身を起こした。

 不意に、窓の外へと視線を流す。


 窓の向こうに広がる不可思議な光景に、息を吞んだ。


「え、なに⁉」


 窓の外は白い濃霧で覆われ、何も見えない。

 まるで、寝室と外の世界が断ち切られたようだった。


 幼子のように目を丸くしたガーネットを、コールは微笑ましく見つめた。


「ガルシア周辺は湿地に囲まれているから、朝は地面から沸く霧が街へ流れ込むんだ。朝は大体こんな感じだよ。でも昼の頃には霧も晴れる」

「わあ……初めて見たわ。領によってやっぱり違うのね」


 興味津々に、ガーネットは外を覗こうと窓を開け放った。

 だが、すぐにコールの声が響く。


「あ、窓は開けないほうが」

「……え?」


 コールの呼びかけにガーネットが振り返った。


 刹那――


 白い霧の中から、何かがギラリと光る。

 ヒュンと、何かがガーネットの珊瑚色の髪先を微かに揺らす。


 まばたきを終えるより早く、気づいた時にはガーネットはコールの胸に抱き寄せられ、床に転がっていた。


 転がりながら、ガーネットは視線を巡らせる。


 寝室の壁には、見覚えのない矢が突き刺さっていた。


 矢に視線を送りながら、コールは平然と言葉を落とす。


「こんな感じで矢が飛んでくるから、窓は開けないほうがいい。うーん……このやり方はフィリップ兄上かな」


「……ふぇ?」


 あれ……

 もしかして、私、今危なかった?


 コールに庇われたことに、ガーネットはようやく気がついた。


 あまりの驚きに、喉は張り付いたように凍りつく。

 瞳を幾度も瞬かせることしかできない。


 周囲に目を配りながら、コールは窓を素早く閉める。

 続けてカーテンを静かに引いて視界を遮った。


 これもコールを狙った暗殺なの?


 血の繋がった兄弟たちからの……。


 昨日も思ったけど、こんな目にあって、どうしてコールは淡々としていられるの。


 そんなのって……!


 怒りを形にするように、ガーネットはきゅっと拳を握る。


「窓を開けてごめんなさい。まさか、矢が飛んでくるとは思わなかった」

「気にしなくていいよ。飛んできたのは一矢(いっし)だけだったし。姫様もいるからか、暗殺者にも迷いを感じるな。はは……」


 冗談めかして、コールは微笑む。

 コールの背中は余計に哀しみを際立たせ、ガーネットの胸に切ない痛みを走らせた。


 本当の本当に、この場所から早く離れたほうがいいわね。




「ねえ、コール。早めにここを発ちましょう。他にも何か罠があるかもしれな……」


 すると、


 ガーネットの眼前に、何か黒いモノが垂れ下がった。


 天井からぶら下がったそれは、ブランコに揺られるように左右に揺れている。


 それが何か理解した瞬間、ガーネットの首すじが冷たい指先で撫でられたようにぞわりと波立つ。


「ひっ……ぴゃあぁぁ――~っ! く、くもおぉぉッッッ!!?」


 殺人事件の、第一発見者のような悲鳴が寝室にこだました。


 悲鳴の余韻が消える前に、コールの懐からナイフが飛び出す。

 壁に磔(はりつけ)にされた蜘蛛は、ぴくりとも動かなくなった。


 ナイフを引き抜きながら、コールは蜘蛛の亡骸(なきがら)をじっくりと観察する。


「ああ、これは毒蜘蛛だな。この後先の考えのなさ、ルーファス兄上か。俺を殺して姫様を手に入れようと企んでいるだろうに、無差別の毒蜘蛛はないだろ」

「え、毒? ころ? ……ちょ、ちょっとコール。冷静にそんなことを言わないでっ」


 一体、いくつコールを死へ誘(いざな)うものがこの部屋にあるの。

 コールに何かあったら、私……っ!


 その先を考えると、胸の奥がざわざわと騒ぎ出す。

 不安を払うように、激しく首を振った。


 コールの腕へ、ガーネットは反射的にしがみついた。

 涙ぐんだ瞳を震わせ、切実に訴える。


「早くベルフィオーレに帰りましょうっ。こんな場所にいたら、コールの命がいくつあっても足りないわ!」


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