第76話 寝台の上、2人きり……
青白い月の光が窓辺から差し込み、絹地のシーツが妖しく揺蕩う。
――ここは寝室。
広々とした寝台の両端には、触れることを避けるように横たわる男女の姿。
距離は保っているが、呼吸は不思議と重なっている。
寝台の上。
ガーネットの青碧の瞳には、窓辺の月が映っていた。
その月は、心の動揺を映すようにゆらゆらと揺らめく。
細い指で、シーツをきつく握りしめた。
ぜんぜん、眠れないのだけど……
ど、どうしましょう⁉
――数刻前のこと。
ガーネットとコールは、カレンデュラの部屋から戻ってきた。
戻って早々、2人は寝室の前で火花を散らしていた。
コールは身振りを交えて、必死に何かを訴える。
「だから、俺は床で寝るから姫様が寝台を使ってくれ」
しかしガーネットも負けじと、肩をそびやかしてコールを見返した。
「ダメよ。怪我明けのコールを床で寝かせるなんてできないわ。この寝台ならダブルで広いし、端と端に眠るなら問題ないでしょ?」
いやいや、問題ないワケないだろ。
っていうか、俺が問題起こしそうなんだよっ。
何を思ったのか、姫様は俺とひとつの寝台で眠ると言い出した。
まあ元はといえば、数時間前のあの、暗殺メイドのせいである。
ソファがナイフでボロボロにされ、運び出されたせいで、寝る場所が寝台しかなくなってしまった。
こういう時は、ジャレンたち使用人の手際の良さを恨む。
大人4人くらいが横になっても余裕がありそうな寝台ではあるが、流石に同じ寝台で眠るわけにはいかないだろ。
それはもう……色々と越えてしまっている。
うーん、どうしたら姫様は諦めてくれるんだ?
なんかこう、それなら大丈夫って納得するような……。
あ、あれなんてどうだ!
何か閃いたらしいコールは胸を張り、誇らしげに口を開いた。
「騎士隊の長期遠征で、馬に乗ったまま眠ったこともある。床なんて上等の寝台くらいに感じるからさ、姫様は気にせず寝台を使ってくれ」
ガーネットは、驚いたようにまばたきを繰り返した。
「え、馬に乗ったまま眠ったの? そんなの危なすぎるわ、あ、だからコールの身体は傷だらけなのね。今のコールは本調子じゃないのだから、なおさらダメよ。私が床で寝るから、コールが寝台に寝て」
柔らかな中にも芯の通った声が、室内に響く。
ガーネットのほうが華奢なはずなのに、コールのほうが押し返されそうである。
どうにも言い返せず、コールは眉根を寄せる。
くうっ……さっきよりも悪化した。
兄上たちにはしどろもどろだったのに、どうして姫様は俺には強気なんだ?
……別に嫌じゃないんだけど、妙に気になるというか。
う~ん。
こうなった姫様は、そびえる岩のように頑固だ。
姫様を冷たい床の上で眠らせるわけにはいかないし……
ああ~っ、頼むから持ってくれよ俺の理性ッ。
ということで文字通り、ガーネットとコールは同じ寝台を共にしているのだが。
――ね、眠れない‼
2人とも互いを意識しすぎて眠れず……
静かに縮こまっていた。
瞼を閉じても、胸の鼓動が騒がしくはやし立てる。
寧ろ、眠りが遠ざかっていく始末。
乾いた瞳にまばたきを落とす。
窓の月を仰いだガーネットは、自らの発言を静かに悔やんでいた。
ううう……。
私の提案でこういうことになったのだけど、本当にまったくもって眠れないっ。
コールと同じシーツに包まれた瞬間、心臓がトクトクと高鳴って……
目がギンギンに冴えてしまった。
さっきまで、すぐに眠れそうなほど疲れ果てていたはずなのにぃー。
私って、コールのことを男の人として見ている、の?
確かにコールは私の初恋で、だ、だいすき……だとは思う。
でもそれは、幼い頃からの信頼の証だと思っていた。
だけど、コールに恋人だと言われたり、演技だとしてもキ、キスされたり……。
その度に、胸の奥が踊るみたいに跳ね上がる。
いつの間にか――
コールに抱いた信頼という箱は、手狭に感じたみたいに膨れはじめた。
そして何か、もう一つの大きな箱をこじ開けようとしているように感じるの。
その箱を開けてしまったら……
きっともう、これまで通りではいられない。
――私は今、私の心がわからないっ。
数刻後。
ガーネットはもちろん眠っていなかった。
冷たい夜の空気と、静かな沈黙が場を満たす。
耳に届くのは、暖炉の上の時計が淡々と針を刻む音だけ。
カチ、カチ、カチ……。
その音が妙に響いて、室内を支配するように覆っていく。
その時だった。
シーツの擦れる音が、ガーネットの背後から響く。
コールの発した微かな音も、つい耳で追ってしまう。
すると、シーツの音が寝台の軋みに変わった。
ギシ、ギシ。
軋みは少しずつ距離を詰めていく。
そして、気づけば背後に――!
え……コール?
もしかして今、後ろにいるの?
背後から微かなぬくもりを感じる。
ガーネットの背中は今、ひと息で消える蝋燭の炎のように敏感だ。
ど、どういうこと。
コールがすごく近くにいる気がするのだけど、気のせい?
どうしよう。
振り返って確かめたいけど……もし本当にいたら。
――どうなるか、私にもわからない。
それでも知りたい衝動に抗えず、ガーネットは身を転がすようにゆっくりと寝返りを打つ。
180度身を返したそこには、コールの琥珀の瞳が待ち受けていた。
触れた視線がガーネットの呼吸を奪い去る。
驚いたガーネットは、すぐに身を返そうとするが、
「おっと、姫様……」
吐息のような囁きとともに、そっと腕を押さえられる。
ガーネットは、身を返しかけた姿勢のまま自由を奪われてしまった。
え、コール?
ガーネットは息を呑む。
すると、コールの顔がゆっくりと近づいてきた。
吐息がかかるほど距離は縮まり、琥珀の瞳がガーネットを捉えた。
「なあ、姫様……」
心地の良い甘やかな低声が響く。
びくんと、ガーネットの肩が震えた。
呼吸も身体の自由さえも奪われ、ガーネットはコールに視線を絡め取られる。
琥珀の瞳に囚われたガーネットは――!?




