↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/81

第74話 暇を持て余した令嬢は、幼き騎士と縁を結ぶ

 ここはベルフィオーレ城。


 ――ギィィィ。


 森へと続く鉄格子を、慎重に開ける小さな影があった。

 珊瑚色の髪をさらりと揺らし、大きな青碧の瞳で周囲への確認を怠(おこた)らない。


 5歳にしては慎重なその幼い少女は、城壁に背を預け、自らの完璧な脱出に小さな口元をほころばせる。


「んふふ、脱出成功なの」


 森を弾むように駆けていくのは、まだ幼きガーネットだった。


 すでに城の中を隅々まで遊び尽くした小さな令嬢は、退屈を持て余していた。


 セイラは、母親のお産のために実家に帰郷中。


 ガーネットとカイザー殿下の婚約を阻もうとしたレオンハルトには、接近禁止令が下され、ベルフィオーレ領を訪れることも許されなかった。


「はあ。セイラもレオンもいないし暇だな。どこに遊びにいこうかなー」


 謳(うた)うように言葉を紡ぎつつも、ガーネットの足はすでに行く先を知っていた。


 それは、ガーネットの母エメルダが長年研究対象とするベルフィオーレの遺跡。

 遺跡へ向かう母の姿を追いかけても、いつも巧みに巻かれ、置いてけぼりを食うばかり。


「んふふー、突然行ってママ様をびっくりさせちゃおう!」



 ∻❖∻



 ――それから1時間が過ぎた。


 歩けども歩けども、森は同じ景色を繰り返す。

 永遠に終わらない迷路と化していた。


 足の裏は、じんじんとした鈍い痛みが続く。

 森の暗がりからは、不気味な啼(な)き声が響いて怖くてたまらない。


 その頃にはもう、ガーネットの心は細い枝が崩れるように折れていた。


 ぺたりと地面に膝を突く。

 途端に青碧の瞳から大粒の涙がこぼれ、頬を濡らしていく。


「うっ……うっ……ここはどこ? 遺跡はどこなの? まま、ママさまあぁぁぁ」


 母の名を叫んでも、返ってくるのは森のさざめきだけ。


 小さな指先で涙を拭う。

 でも、恐怖と孤独に押し負けた涙は止まらない。

 堰(せき)を切ったように、頬を伝い続けた。


 恐怖はひたひたと募るばかり……。


「……う……ぐす……うぅぅ、うわあぁぁぁんっ‼」


 ガーネットの嗚咽が、森中に響き渡ったその時だった。


 どこからともなく、少年の声がふわりと舞い降りる。


「お前……こんなところで大声出したらケモノが寄ってきて、余計に危ないだろ」


 すぐに視線を巡らせた。

 だが、周囲にはブナの幹が立ち並ぶだけだった。


 木々の陰さえ恐怖心を煽る。

 ガーネットは祈るように指先を絡め、震える声で言葉を絞り出す。


「だっ、だあれ? もしかして……おばけ?」


 ――バサバサっ。


 ガーネットの背後で、茂みが激しく揺れる。


 身を縮めた瞬間、茂みが割れて少年がひょこりと顔を出した。


「誰がおばけだ!」


「きゃぁ!?」


 目の前に現れたのは、ガーネットとそう年端も変わらぬ少年だった。


 濃紺の前髪の下に輝く琥珀色の瞳が、何とも印象的である。

 手元には、伝説の騎士が振るった聖剣のような大きな木の棒を携えている。


 心細いガーネットには、何ともたくましく思えた。


 青碧の瞳をきらりと輝かせ、羨望を含んだ眼差しを少年へ向けた。


「あなた、もしかしてきし様?」

「え、騎士って……そ、そう見えるか?」


 騎士に憧れを持った少年は木の棒を剣のように扱い、嬉々として振りかざしてみせた。

 その仕草を目にしたガーネットは、風になびく花のように小首を傾げる。


「きし様? じゃないかも……あのね、私の名前はガーネット・ベルフィオーレ。あなたのお名前は?」

「……べ、ベルフィオーレだと!?」


 瞬間、少年は跳ねるように身を竦(すく)ませた。


 だが、即座にガーネットへにじり寄る。

 泣き止んだばかりの顔を、細部まで確かめるように覗き込んだ。


 驚いたガーネットは、青碧の瞳を大きく揺らしている。


 ベルフィオーレって、確かこの領の領主の名前だよな。

 じゃあ、このちっちゃいのは領主の娘?


 それに、家に来た父さんがいつも決まって、『おのれ、ベルフィオーレめ!』と憎々しく口にするんだ。


 母さんはいつもなだめて笑ってるけど、あの時の父さんは身震いするほど恐い!


 もし父さんにベルフィオーレの子供と話したとバレたら、大目玉を食らうかも。

 でも迷子を放っておくわけにもいかないし。


 うーん、どうすれば…………。


 あ、そうだ。

 俺がバレなきゃいいんだ。


 本名を名乗らなければ大丈夫だろ!

 コールとか、コールレオンだとすぐにバレそうだし、そうだな……。


 「おほんっ」と小さく咳払いを落とす。

 喉を整えた少年は、その場の不安を払うような明朗な声を響かせた。


「俺の名前はコー、じゃなかったレオだっ。仕方がないからお前を城まで送り届けてやる。いくぞ!」


 レオ……いや、コールは踵を返して歩き出す。


 しかしガーネットはしゃがみ込んだまま、微動だにしなかった。


 付いてこない足音に違和感を覚え、コールは振り返った。

 先ほどまでのお喋りは影を潜め、静かに身を屈めたガーネットの顔を覗き込む。


「おい、どうしたんだ。家に帰りたくないのか?」


 むぅっと口を引き結んだガーネットは両膝に手を置いたまま、涙で濡れた瞳でコールを仰いだ。


「……じつはね、足がガクガクして動かないの」

「ええっ!?」


 よく目を凝らすと、ガーネットの足は細い網(つな)の上を渡るように小刻みに震えていた。


「あーもうっ、仕方ないな」


 呆れたように言葉をこぼしながら、コールはガーネットに背を向けて膝を突く。


「ほら、おんぶしてやるから」

「うぅ……ありがとうレオっ!」




 涙ながらにコールの背中に飛び込んだ記憶は、今も鮮明に残っている。


 6歳のコールの背中は心細い私には大きくて、温かくて。

 そして、私の涙でぐっしょりと濡れていて……。


 今振り返ってみても、コールにはずっと助けられっぱなしね。


 ちょっとした私の好奇心と大号泣が、私とコールの縁(えにし)を思いがけず引き寄せたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。