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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第72話 怪しいメイド

 ――コンコンコン。

 またもノックの音が鳴り響いた。


 控えめに響いた木の音に、ガーネットとコールは顔を見合わせる。


 フィリップ様とルーファス様が戻ってきたのかしら?


 すぐさま、コールはソファに置かれた薄手のシャツに袖を通す。

 扉前にいるガーネットの肩に手を添え、静かにその場から遠ざけた。


 警戒を解くことなく、コールは扉の向こうへ呼びかけた。


「誰だ?」

「……ご夕食をお持ちいたしました」


 メイドと思しき、若い女の声が扉越しに響く。


 ……ほっ、メイドだったのね。


 緊張がほぐれたように、ガーネットはゆるやかに肩を撫で下ろした。

 だが、コールは訝しげに片眉を吊り上げる。


「夕食なんて頼んでいない。それは、誰に頼まれて持ってきたものだ?」


 しばしの沈黙のあと、メイドは波ひとつ立たぬ凪の海のような落ち着いた声を紡ぐ。


「…………ジャレンさんから申し渡されました。長旅でお疲れのお二人は空腹だろうから、ご夕食をお持ちするようにと」


 気の利くジャレンの性分ならばあり得ると、思わず頷きたくなる言葉が告げられる。


 しかし、コールは眉間に皺を刻んだまま、


「わかった。今開ける……」


 だがその前にコールは振り返り、ガーネットの耳元に顔を寄せた。

 扉の向こうに届かないほどの細声で、そっとささめく。


「姫様は、俺の後ろに隠れていてくれ」


 コールの琥珀の瞳は緊張を宿していた。


 ……コール?


 護衛の任に就いている時のような、凛とした表情をしている。

 何か、あるのね?


 声を発することなく、ガーネットは微かに頷いた。




 ――キィィィ。


 軋む音とともに扉が開き、食事を載せたワゴンが部屋へ進む。


 ワゴンを押して姿を見せたのは、つややかな黒髪のボブを揺らす可憐なメイド。

 ガーネットの目には、害など微塵もない か弱いメイドにしか見えなかった。


 だが、コールは警戒をゆるめる様子はない。


 丸いドームの形をしたクロッシュと呼ばれる銀蓋を開け、コールは皿の中身を確認する。


 香ばしい肉の香りが食欲をくすぐるリブのステーキ、鮮やかな人参のポタージュなど。

 ワゴンには、美味しそうな料理が温かな湯気を立たせていた。


 2皿ずつ並んだ品々に、コールは視線を落とす。


 不意に近くの荷から『ある物』を取り出し、そっとスープに浸した。

 それは、純銀で仕立てられた端正なナイフだった。


 するとみるみるうちに、ナイフの表面が鈍い黒に変色していく。


 コールはただ、静かにため息を落とした。


「……毒だな。この色の変わり具合は、硫化物か?」

「えっ……ど、毒!?」


 ガーネットの声が、驚きのあまり裏返る。


 瞬間、チィと舌打ちが響く。

 メイドはエプロンに忍ばせたナイフを抜き放った。


 ギラリ、と目映い閃光が走る。

 漆黒の髪を散らし、コールの懐(ふところ)めがけて一気に踏み込む。


 だが、コールのほうが数段上手(うわて)だった。


 流れるようにナイフの軌道を躱し、メイドの腹部に腕を差し込む。

 そして、ソファに向けて一気に投げ飛ばした。


 ――バタンッ。


 ソファが弾けるように悲鳴を上げる。

 一瞬で間合いを詰め、コールはメイドの上に覆い被さるように抑え込んだ。


「離せっ、離せえ゛ぇぇ!」


 ナイフを振り乱して、メイドは抵抗した。

 ソファの布地は切れ、中の綿が宙に飛び散っていく。


 その様子を、ガーネットは固唾を呑んで見守っていた。


 ナイフの柄を肘で弾き飛ばし、コールはメイドの首すじを腕で押さえた。

 するとメイドの力が抜け、意識が刈り取られたように崩れ落ちる……。


 押さえつけたまま、コールはうなだれるように大きく声を漏らした。


「ああもう……ったく! 毒を使うのは第一夫人か第二夫人か。姫様、すまないがそこの呼び鈴引っぱってくれ」

「わ、わかったわ」


 言われるがまま、ガーネットは扉の脇に伸びた細い紐を引いた。


 息吐く暇もなく、家宰のジャレンを筆頭に数名の使用人が駆けつける。

 ものの数秒で、すべてを悟ったように片づけへと取りかかった。


 ガーネットにもまた、使用人たちから気遣う声が寄せられる。


 気づくと、メイドという名の暗殺者は連行されていた。


 ボロボロになったソファを運び出す使用人の背を、ガーネットは静かに見送った。


 どうしてかしら。

 コールも、ジャレンさんたち使用人の皆さんも、もの凄く慣れた手つきで対処しているけど……。


 すると、隣に並んだコールが疲れた瞳のまま、薄い笑みを浮かべる。


「これがこの家の……特に俺の日常だったから」


 そういえば……

 純銀のナイフを使って、コールは慣れた手つきで毒を確認していた。


 安心できるはずの実家で、いつ殺されるかもわからない。

 そんなおぞましい恐怖に、コールは毎日のように悩まされていたの?


 そんなのって、ないわ……。



 結局2人の夕食は、コールが街で購入した干し肉と硬いパンだけだった。


 毒の心配がないだけで、最高級の料理にも匹敵するほど味わい深い。

 コールとの食卓を、まったりと楽しむガーネットであった。


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