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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第71話 末弟のモノは俺のモノ

「私の手を取って!」

「僕の手を取って!」


 フィリップとルーファスから差し出された手。

 それは、ガーネットに『自分を夫に選べ』と選択を迫るように無言の圧をかけていた。


 どうしようっ。

 どうすれば、この方たちは求婚を諦めてくれるの!?


 その時だった。


 背後から、たくましい腕が腰へ回った。

 馴染みのあるシトラスの香りが漂い、柔らかなぬくもりに包まれる。


 現れたのは――

 もちろん、コールだった。


 湯気を纏った素肌のまま、コールはガーネットをしっかりと抱きしめた。


 慌てて浴室から飛び出したのか、上半身は湯気以外何も着ていない。


 見せつけるように、愛おしげにガーネットの頬にくちづけを落とす。

 ガーネットの肩に顎を預け、兄たちへ敵意をにじませた視線を向ける。


「兄上たち。俺の、ガーネットに何か?」


 琥珀の瞳は『ガーネットは俺のものだ』と主張する。


 その瞳に、当主ダルトン・ガルシアに似た片鱗を、2人は重ねた。

 恐怖に縫い付けられたように、腕をプツプツと粟立たせる。


「……くっ、いたのかコールレオン」


 余裕の笑みを口元に刻んだまま、コールはガーネットを見つめた。

 左目尻の黒子が、艶やかな色香を漂わせる。


 ガーネットも、安心した様子でコールを甘く見つめ返した。

 気づくと胸に巣食った不安は、波に攫(さら)われたように姿を消していた。


 コール、助けに来てくれたのね。


 た、助けに来てくれたのは嬉しいのだけど、その……。

 コールの腕が、私のみぞおちや腰にきゅっと絡んでいて、し……心臓が落ち着かない。


 首すじにかかる息遣いもこそばゆくって、その部分がトクトクと脈打っている。


 2人の間から、甘い気配が漂いはじめる。

 それはまるで、世界は2人のために回っているかのようだった。


 ガーネットを腕に抱いたまま、コールは兄たちに爽やかに微笑みかける。

 だがその笑みは、小さな棘を含んでいた。


「先に湯を借りまして、挨拶が遅れました。そうだ、ガーネットも入ってくるといい……それとも」


 顎を掴まれ、くいっと引き寄せられる――


「俺と、一緒に入るか?」


 ふぇ…………コー、ル?


 ガーネットの瞳が大きく見開いた。

 同時に視界は暗転し、いつの間にかコールの腕の中へ護られるように抱きしめられる。


 琥珀の瞳に奪われたように、ガーネットはまばたきさえ忘れてしまう。

 心臓は許可もなく暴れ続け、頬がほんのりと熱を帯びる。


 恋人としての演技とわかっていても、勘違いしてしまうわっ。

 わ、私もコールの恋人として応えないと……!


「え、ええ……あなたがもう1度入ってくれるのなら、一緒に……」


 不意に、湯船に浮かんだアヒルの玩具(おもちゃ)で遊ぶルビィの姿が浮かんだ。


「ふふ。一緒に、アヒルの玩具で遊びましょう」


 瞬間――

 甘い眼差しを向けたコールの頬が、ぷくっと膨らみを帯びた。


「……ぷっ。あは、それいいな。やっぱりガーネットは面白い。それでこそ、俺の、愛しのガーネットだ。アヒルの玩具って……ぷくく……ルビィか?」

「ええ、そうよ」

「あははははっ」


 大口を開けたコールの豪快な笑いが響いた。

 それに引き寄せられるように、ガーネットも頬をゆるめて笑い声を洩らす。


 笑い声など響いたことのない厳粛な廊下に、2人の軽やかな声が広がっていく。




 2人だけで通じ合う会話を、ルーファスはただ眺めていた。

 手を伸ばしても届くことのない親密さを、まざまざと突きつけられる。


 ルーファスの眉間には苛立ちの皴(しわ)が刻まれ、すぐに荒々しい声が空気を震わせた。


「僕たちはガーネット嬢に用があるんだ。コールレオン、お前は引っ込んでいろ!」


 ガーネットを抱き寄せたコールの腕に、ぎゅっと力が入った。

 大きな腕で護るように、ガーネットの背中を、肩を、包み込む。


 やがて、鋭い眼差しで兄たちを睨みつけた。


「どこの馬の骨ともわからぬ小娘」


「……は?」


 コールの言葉に、フィリップとルーファスは揃って首を傾げる。

 だがコールは、兄たちに冷めた視線を向けたまま、低い声を積み重ねた。


「お二人の母君が、ガーネットに放った言葉です。顔を合わせて早々、第一夫人と第二夫人はガーネットを歓迎しないどころか、嘲るようになじったのですから……」


 フィリップとルーファスの琥珀の瞳が、一瞬にして驚愕した。

 右目だけが微かに大きく見開く驚き方が、瓜二つである。


 ガーネットは「あ、兄弟だわ」と、秘かに確信した。


 フィリップは眉間を押さえて黙り込む。

 ルーファスは、頭を抱えて静かに肩を落とした。


 何てことをしてくれたんだ母上!?

 ――と、心の叫びが耳に届くようである。


 そしてコールは、とどめのひと押しを叩き込む。


「そんな不遜な母のいる家へ、わざわざ嫁ぐわけがないでしょう? いい加減、もう諦めてください」


 胸いっぱいに息を吸う。

 そして、声を大にして告げた。


「ガーネットは俺の恋人です。俺、コールレオン・ガルシアの、最愛の人なのです! 誰かに渡すつもりなどありませんっ」


 気づくと、扉を留めていたフィリップの足が外れていた。

 その隙を見逃さず、コールは容赦なく扉を閉めて鍵を掛ける。


 すぐさまドアノブを乱暴に回す金属音が、ガチャガチャと室内に響いた。

 ルーファスも焦ったように扉を叩いている。


 しかし扉を開けるはずもなく――


 不穏な金属音は、ぴたりと止まった。

 先ほどまでの威勢はどこへやら、2人は懇願するような弱弱しい声を紡ぐ。


「ガーネット嬢、申し訳ありません」

「母にはよく言って聞かせますので、どうかお許しください……」


 扉越しの謝罪に、ガーネットは静かに耳を傾けていた。

 コールに和解を促しても、コールは静かに首を横に振る。


 お兄様たちに、優しさは不要ということなのかしら。


 コールが冷たい態度を取るのは、私を守るため。

 ガルシア家のことはよくわからないけど、コールのことは信じられるから。


 扉の向こうへ、柔らかな声を張り上げる。


「えっと、今日はもう休みますので、お二人ともお、おやすみなさい……」


 しんとした静寂が広がった。


 すると、扉の向こうから戸惑いを含んだ声が届く。


「お、おやすみなさいガーネット嬢」

「また明日、話をする機会を……」


 靴音の反響が、名残惜しそうに遠のいていく。


 その間、ガーネットとコールは寄り添うように耳を澄ませ、廊下に残る気配を慎重に探っていた。


 靴音の余韻が完全に遠ざかった。

 その途端、安堵したようにコールが笑い声をこぼす。


「くくくっ。おやすみなさいで、しつこいあの2人を追っ払うとか、流石は姫様だな」


 くるりと振り返ったガーネットは、ぷくっと唇を尖らせる。


「もう、私は真面目にやっているのよ。そんなに笑わないで」

「あはっ、ごめんごめん。この家でこんなに笑ったのは初めてだ……ふはは」


 コールの言葉を受け、ガーネットの膨らんでいた頬がゆるんだ。


 そうね……

 コールはきっと、胸を抉るような辛く悲しい記憶ばかりがこのお屋敷に残っている。


 私の振る舞いで、コールの悲しみを少しでも楽しい色に塗り変えられるのなら、いくらでも笑ってほしい。



 ――コンコンコン。


 すると、またもノックの音が鳴り響いた。


 ……え、今度はどなた?



【登場人物メモⅪ】

フィリップ・ガルシア&ルーファス・ガルシア

20歳。コールの兄。ガルシア家の長男と次男。


貴族の家柄を持たないコールを、幼い頃から虐げていた。

そのコールが当主候補筆頭となったことを、非常に妬ましく思っている。

コールをいじめることにかけては協力するが、そこまで仲が良いわけではない。

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