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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第70話 ガーネット嬢を我が手に!

「やあガーネット嬢。ごきげんいかがですか?」


 扉の前に姿を現したのは――

 蜂蜜を溶かしたような金色の髪をふわりと揺らし、琥珀色の瞳で甘く微笑む男だった。


 白い歯を覗かせた笑みは、星が煌めくようである。

 目映いほどの微笑みに、ガーネットはつい目を細めた。


 とても煌びやかな方だわ。

 コールの、お兄様なのよね。


 同じ兄弟なのに顔立ちはもちろん、仕草とか醸(かも)し出る雰囲気とか。

 コールの面影はひとつも感じない。


 コールは燦燦(さんさん)とした太陽みたいなタイプだし。


 どちらかといえば、猫を被っている時のカイザー殿下に似ている気がする。

 そう思うと、その甘い表情(マスク)もとても胡散臭く感じてしまう。


 この方のお名前は確か……


「えっと……フィリップ様?」


「おおっ、あなたのような麗しい女性に名を覚えていただけるとは、身に余る光栄です」


 歓びが弾けるように、白い歯がきらりと輝いた。


 この方って、さっきコールを睨みつけていたのよね。

 弟に向けるとは思えない、憎悪に満ちた眼差しを送っていたような……。


 でも今は、あの険しさが嘘のようになくなり、別人のように煌煌(きらきら)している。


 うぅーん。

 控えめに言って……怪しすぎるわ。


 ガーネットは、カイザー殿下や性悪な令嬢たちから数々の仕打ちを受けてきた。

 それはガーネットの嗅覚を研ぎ澄まし、嘘や悪意を嗅ぎ取る才能を与えた。


 そのせいか、フィリップとの間に分厚い心の壁を自然と形作っていく。


 だが、ガーネットの猜疑(さいぎ)の念など、フィリップは微塵も気づかない。

 恋に焦がれる令嬢なら、誰しも頬を染めてしまう王子のような甘い微笑みを向けた。


「実は、一緒に食事でもと思いまして。私の部屋で夕食を共にいたしませんか?」


 ガーネットの眼前に、フィリップのしなやかな手が差し出される。

 

 その指先を凝視したまま、ガーネットは開いた口が塞がらなかった。


 え……食事?

 それも、フィリップ様の部屋で……。


 今日初めて会ったばかりの殿方の部屋に、ど、どうして誘われているの!?




 するとそこへ、場の流れを断ち切るように男の声が割り込んだ。


「兄上、抜け駆けはいけませんっ!」


 廊下の奥から、牽制するような声が響く。


 声の響いた先には、次兄のルーファスが立っていた。

 怒りに染まった赤毛を振り乱し、荒々しく駆けつける。


 ガーネットの視線に気づくや否や、怒り狂った顔から爽やかな笑みに変貌する。


「こんばんはガーネット嬢。先ほどは、きちんと挨拶ができずにすみません。僕はルーファス・ガルシア、どうぞお見知りおきを」


 胸元へ滑らかに手を添え、優雅な仕草で頭を垂れた。

 ゆっくりと顔を持ち上げ、ガーネットへ柔らかく微笑みかける。


 ルーファスは、兄のフィリップの雰囲気と違い、あどけなさの残る人物だ。


「実は、これから中庭を散策しようと思っているんだ。案内がてら、夜の散歩を一緒にいかがでしょう?」


 ガーネットの前に、指先まで整ったルーファスの手が差し伸べられた。


 フィリップとルーファスの手が、選ばれる瞬間を今か今かと待ち侘びている。


 フィリップ様だけでなく、ルーファス様まで。

 どうして突然、殿方からこんなに熱烈に誘われているの……?




 困惑した様子で、ガーネットは瞳を瞬かせる。


 その仕草の意味を察したフィリップは、突如名乗りを上げた恋敵(ライバル)ルーファスを鋭く睨みつける。


「ルーファス。ガーネット嬢は長旅で疲れているのだ。散歩など行くはずがないだろう」

 すぐにルーファスも睨み返す。

「フィリップ兄上こそ。いきなり自分の部屋で食事など、下心が見え見えではないですか。どうせ、食事に媚薬でも盛るつもりなのでしょう?」

「……ばっ、莫迦(ばか)なことを言うな。私はそんな野蛮なことは……しないっ」


 とこぼしつつも、フィリップの瞳は宙を彷徨(さまよ)っていて……。

 やっぱりと、ルーファスは冷ややかな視線を送った。


 2人の敵意を孕んだ応酬を、ガーネットは観察していた。


 だが、不意に雷鳴が落ちたように閃く。


 も、もしかして……

 『私が見初めた相手が次の当主になる』と、ガルシア卿が口にしたから?


 それで突然、私を誘いに来たの?


 それなら、急に私が言い寄られた意味も理解できるというものだわ。


 この2人にとっての私は、当主を勝ち取った勲章か優勝杯か何かなのかもしれない。


 するとフィリップがこちらへ顔を向けた。

 ルーファスと睨み合っても、埒が明かないと悟ったらしい。


 琥珀色の瞳を水面のように潤ませ、ガーネットを見つめた。


「私はただ、ガーネット嬢とお近づきになりたいのです。部屋へお誘いしたのは、はは……我ながら焦燥すぎましたね」

 砂糖がとろけるような甘い表情を浮かべ、

「それでは、屋敷をご案内いたしましょう。ガーネット嬢も近い将来、ここに住むことになるのですから」


 ……え?


 負けじとルーファスも声を差し込む。


「いや、それだったら僕が案内します。将来の夫が案内したほうが彼女も安心でしょう。さあ、どうか……」


「私の手を取って!」

「僕の手を取って!」


 数分前の景色をやり直したように、再び左右から手が差し伸べられた。


 ガーネットが妻になる運命は定められているかのような口ぶりに、背すじがぞわりと粟立つ。


 ――ガーネット嬢を妻にして当主の座に!


 2人の私欲に塗(まみ)れた感情は、駄々洩れである。

 あまりに強烈で、選ぶ立場のガーネットが思わず身をすくませた。


 な、何なのかしら。

 この、つま先から頭の先まで這い回るようなおぞましい悪寒は……!?


 自分がまるで、捕食者に狙われた小動物になったみたいに震えが収まらない。

 と、とりあえず、妻になる気はないですって、お断りを。


「……あの、私は…………こちらに嫁ぐ気は、ない……ので、す……」


 恐怖が喉を締めつけ、声は途切れ途切れになって空気に溶けていく。


 うぅ……少しは強くなったと思ったけれど、そうでもなかったみたい。

 コールにはきちんと意見を言えるのに……。


 弱弱しいガーネットの声では、フィリップとルーファスは引き下がる気はないらしい。

 血走った2つの双眸(そうぼう)が『妻になれ』と訴えている。


 まるで崖に追い詰められた小鹿のように、追い込まれる。


 ど、どうしようっ。

 このまま、扉を閉めてはいけないかしら。


 ドアノブに手を掛けたまま、ガーネットは後ずさった。


 だが、フィリップが扉に足を滑り込ませる。

 扉は閉じられず、選ばないという選択肢を奪い去る。


 うぅぅ……。

 ど、どうすれば、この方たちは諦めてくれるのーっっ!?


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