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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第68話 幼馴染み以上恋人未満

 ガーネットの目元には、まだ涙が光っていた。

 気づいたコールはガーネットの頬を両手で覆い、優しく拭う。


 よく目を凝らすと、瞼はわずかに腫れぼったい。


 自分のために流した涙の重さを知り、コールは心を震わせる。


「姫様を、こんなに泣かせるとは想定外だった。本当にすまない」

「私が勝手に泣いただけなのだから、気にしないで」


 ガーネットは柔らかな微笑みを刻む。

 その微笑みは、謝罪さえ包み込むようである。


「それに、コールの境遇はずっと気になっていたの。話してくれて本当にありがとう。ふふ、今日のコールは何だか謝ってばっかり。コールだって……」


 ガーネットの指先が、コールの前髪を優しく持ち上げた。

 額には、汗がじわりとにじむ。


「コールだって、ずっと緊張していたのでしょ。冷や汗がぐっしょりだもの」


 図星を突かれたと、コールはほろ苦い笑みを返した。


「……ああ、その通りだ。第三夫人の母さんの棺を持ち出してるし、捕まっても仕方ないと思って緊張してた」

「そ、それは確かに。捕まらなくて本当によかった……あ」

 青碧の瞳がきらりと瞬く。

「そうだわ。さっきジャレンさんが湯浴みの準備ができていると言っていたし、汗を流してきたら?」


 ソファから身を起こし、ガーネットは周囲にそっと視線を巡らせる。


 室内には、今2人がいる部屋とは他に、2つの扉が並んでいた。

 どちらも白亜の扉で、特筆すべき違いはない。


 乙女の勘か。

 ガーネットは近い扉のドアノブにそっと手を伸ばす。


「浴室はここかしら」




 ――ガチャ。

 しかしそこは浴室ではなく、寝室だった。


 2人でもゆったりと横になれるほどの、大きな寝台。

 桃色の絹地(シルク)のシーツが輝く。


 レースのカーテンから差し込む光が湖面のように煌めき、寝台へと妖しく誘(いざな)うようである。

 どういうわけか、紅い薔薇の花びらが散らしてある。


 そこはかとなく漂う淫靡(いんび)な雰囲気に、ガーネットは目を白黒させた。


「……ふぇ?」


「どうした姫様?」


 扉を開けた途端に硬直したガーネットを心配し、コールも駆け寄った。

 だがすぐに、コールも同じように琥珀の瞳を忙しなく明滅させた。


「んおっ……じゃ、ジャレンのやつ。こんなすごい部屋を……」


 そして、とんでもない事実に気づく。


「ん? っていうか、待てよ。もう1つの部屋が浴室なら、寝台はこっ、これ1つしかないのか!?」


 ――え、じゃあ……私たちは2人でここに?

 ――え、じゃあ……俺たちは2人でここに?


 息をそろえたように、2人の視線がぶつかる。

 視線が重なった瞬間、跳ねるように心臓が暴れ出した。


 頬へ指先を添え、ガーネットは火照った熱を冷やしていく。

 瞳は、羞恥と動揺で小刻みに揺れていた。


 こ、ここに、コールと2人で眠るということなの?

 ひとつの寝台に2人で……って、そんなの破廉恥しゅぎるっ。


 いいえ、冷静になってガーネット。

 そもそもコールは、私に寝台を譲ろうとする気がするわ。


 でもコールは病み上がり。

 そのうえ、長距離の馬の移動で疲れているだろうし、できればあの大きな寝台で身体を休めてほしい。


 そうだわ!

 私が別の部屋のソファで眠るというのはどうかしら。


 一方のコールも動揺から口元に手を添え、照れを隠すように視線を落とした。


 ジャレンのやつ、一体何を考えているんだ?

 ジャレンは俺たちが恋人同士じゃないって、気づいてそうだったのに。


 っていうか、あの薔薇は何なんだよっ!


 俺は護衛として姫様を守りたいだけなのに、見えない何かが俺の理性を煽ってくるんだが。

 何か最近、こういうシチュエーション多くないか?


 いや、いやいや大丈夫。

 こっちの部屋にソファがあったし、俺はあのソファで眠ればいいだけの話だよな……うんうん。


 どうやら、2人は同じ結論に至ったらしい。

 2人の口元には、『これで大丈夫』という安堵の微笑みが満ちた。


 ガーネットはそっと顔を上げた。

 ぎこちないながらも、明るい声を紡いだ。


「ジャレンさんにもこ、恋人同士だと勘違いされたみたいね」

「ああ、そうみたいだ。す、すまない姫様」


 コールの声も僅かに上擦っていた。


 ガーネットは平静を取り戻し、普段の柔らかな笑みをそっと咲かせる。


「私たちは恋人同士ということになっているし、コールのせいじゃないわ。ということは……こっちの扉が浴室ね」




 残った扉を開けると、大きな浴室が広がった。


 床は白亜の大理石。

 中央には、白い陶器の円形の浴槽が佇んでいる。


 浴槽の傍らに置かれたバススタンドには、2人分のタオルとバスローブが仲良く並べられていた。


 本当に大きな浴槽だわ。


 ジャレンさんが2人で入れるって言った意味もわか……あ、べ、別に私はコールと一緒に入りたいとか、そ、想像なんてしてな……。


「どんな浴室だった?」


 背後から、コールが顔を覗かせた。

 首すじにコールのぬくもりが伝わり、ガーネットの心をざわつかせる。


「と、とっても素敵な浴室よ。本当に2人で入れそう……あ、ちがっ!?」

「んんっ! ま、まあ確かに入れるだけの広さはあるな」


 何を想像したのやら……

 ガーネットとコールの照れた声が、浴室の壁に跳ね返る。


 浴室には何とも言えぬ静寂が広がった。


 その静寂を破ったのは、コールの声だった。


「じゃあ俺は湯浴みをしてくるか。あ、ジャレン以外は部屋に入れないようにな。この屋敷は何かと物騒だから」


 物々しい響きにガーネットの恥ずかしさも薄れ、力強く頷く。


「わかったわ。ジャレンさん以外は通さない。心配しないで、コールはゆっくり入ってきてね」



 コールを見送り、ガーネットは再びソファに腰を下ろした。

 何をするでもなく、ただゆったりと……。


 しかし、


 ――カタンッ。ゴトっ。


 浴室の音が耳に届くたび、ぴくっと肩が揺れる。


 その度に、看病で瞳に焼き付いたコールの逞しい肉体が、ガーネットの脳裏に浮かんでは消えていく。


 ソファの上で両膝を抱え込む。


 トクトクトク。

 早鐘を打つ心臓を抑えるように、ガーネットは身を丸くした。


 そして、灼(や)けつくようなため息をひとつこぼし……


「看病している時はよく2人きりになっていたのに……私ったら、どうしてこんなにドキドキしているの?」


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