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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第66話 この家に生まれ落ちた宿命

「俺は、ベルフィオーレの街で母さんと2人で暮らしていた……」


 遠い記憶の欠片を、コールは手繰り寄せていく――




 幼い俺と母さんは、小さな貸家で親子2人、慎ましい生活を送っていた。


 母さんは没落した貴族の令嬢で、頼る家族もなく贅沢はできなかった。


 けど、母さんと2人で過ごせる。

 ……今思うとそれだけで充分だった。


 月に数回、家へ足を運ぶ男がいた。


「……カレンデュラはいるか?」

「まあっ、ダルトン様。おかえりなさいませっ」


 突然やって来るソイツを、母さんはいつも嬉しそうに迎えていた。

 質素ながら、精一杯に饗(もてな)して……。


 母さんはたぶん、本当にあの男を好きだったんだろうな。


 その男こそ、ガルシア伯爵家当主ダルトン・ガルシアだった。


 父親であることは、母さんが教えてくれた。

 だから、幼いながらに理解していた。


 まだ何も知らない俺は、無邪気に『父さん』と呼んでいたよ。

 当主は、特に返事をくれるわけでもなかったけど。




 少しだけ、話は現在へと戻り――


 ソファに身を預けたガーネットは、コールの昔語りに静かに相槌を打っている。


 コールがレオだと知ってから、ベルフィオーレに住んでいたことは理解したつもりだった。

 お母様と2人で住んでいたのね。


 それはつまり……

 ガルシア卿の愛人のような関係だったのかしら?


 懐かしむように瞳を細め、コールは静かに微笑みを灯す。


「姫様と出会ったあの夏……あれが、俺の過ごすベルフィオーレでの最後の季節だったんだ」




 夏風が冷たさを帯びてきた頃。

 6歳の俺は、ガルシアへ移り住むことになった。


 父さんと暮らすためだと、母さんは嬉しそうに教えてくれたな。


 住み慣れたベルフィオーレを離れること。

 そして、姫様に別れを告げられなかったのは心残りだった。


 でも母さんが幸せになるならと、俺は納得した。


 迎えに現れた豪華な馬車に揺られ、俺たちはガルシアの屋敷に旅立った――


「わあ、母さん見て! 大きなお屋敷だよ。本当に今日からここに住むの?」

「ふふふ、本当よ。ダルトン様が招き入れてくださったの」


 眼前に広がるのは、漆黒の石壁の屋敷。


 窓も庭木も寸分違わず対照的に並んでいる。

 その装いは、完璧を求める当主の気質を物語っているようだった。


 この屋敷を初めて見上げたあの時――

 新たな生活の期待を胸に、俺は目を輝かせていたと思う。


 それが誤りだったと悟ったのは、屋敷に足を踏み入れた後だった。


「ささ、こちらです。皆様お待ちかねですよ」


 まだ白髪のない家宰のジャレンに案内され、俺と母さんは長い廊下を進んでいく。


 だが、俺はジャレンの言葉に僅かな引っかかりを感じた。

 静かに母さんへと歩み寄る。


「ねえ母さん。皆様って、父さんがいるだけじゃないの?」

 母さんも淑やかに首を傾げる。

「そうねぇ。私も詳しいことは知らないの……あ、もしかしたらガルシア家の一族の皆さんで歓迎してくださるのかしら?」


「えっ! ごちそうあるかな?」

「ふふ、どうかしら」


 陽だまりのように明るい会話を母さんと交わしたのは、これが最後だったかもしれない。


 ここから先は、もう……。




 言葉を交わすうちに、気づけば大広間へと辿り着いた。


 大広間の向こうでは、俺と同じ年頃の少年と母親の組み合わせの親子が既に3組、ホールテーブルに腰を落ち着けていた。


 少年たちは皆、琥珀色の瞳を宿していた。

 3組とも、凍りつくような眼差しで俺たちを睨んでいる。


 どの親子も、貴族の装いに身を包んでいて……

 俺たち親子の住む世界とは違うと、子供の俺でも直感したよ。


 案内された席は、その貴族たちと同じ。


 4組の親子が、テーブルを囲んで対面した。

 皆一様に互いを睨み合い、冷えた空気がその場を包む。


 ほどなくして扉が開き、当主が姿を見せた。


 異様な雰囲気に委縮する母さんを和ませたくて、俺は縋るように当主の名を呼んだ。


「……あ、父さ」


 だが、目の前に広がったのは眼光鋭い、ガルシアの当主としての男だった。


 今思えば、家に遊びに来る時は、意外と穏やかな顔をしていたのかもな。


 当主は威圧のこもった仕草で杖をかざし、俺の声を奪い去る。

 その場の視線を集めるように両手を掲げ、仰々しい口調で言葉を放つ。


「よくぞ集まった。誉れ高きガルシアの血を受け継ぐ我が子らよ。お前たちは選ばれた。お前たちの中から、忌々しいベルフィオーレを打ち倒すガルシアの礎となる次代の当主を決める!」


 子供たちの顔ぶれを、なぞるように見渡し、


「先に明言しておくが、生まれ落ちた序列など関係ない。私も、兄や弟を蹴落としてこの座を射止めたからな。当主の座に付きたくば、兄弟たちを食らい、そして生き残れ‼」


 何も理解できなかった。


 ただ、自分に腹違いの兄弟がいることを俺は知った。

 母は異なるが、父を軸にして確かに血は繋がっている。


 ガルシアの当主は、己の吉兆の年に、できる限り子を成す。


 生を受けた男児の中から、より強固な血筋を残すために争い、次の当主を決めるという莫迦(ばか)げた掟があった。


 俺は……

 その莫迦げた役割を果たすための、ひと粒の種に過ぎなかった。


 兄弟たちの年齢は同じ。

 年齢は同じでも、生まれた月は違う。


 兄弟たちの中で、俺は一番下だった。


 そうして、地獄が始まったんだ。




 教養や武術はもちろんのこと。

 社交や人身掌握の術、領地経営まで睡眠を削って学ぶ日々。


 幼い頃は、生まれた月は意外と大事らしい。

 末の生まれの俺は、どの教科でも最下位。


 そのうえ、兄たちとは仲良くするどころか憎しみ合い、毎日毎日潰し合う。

 子供の争いに母親が加担して、毒を仕込むなんて日常茶飯事。


 末弟の俺は、上の兄2人……

 フィリップとルーファスから、玩具のようによく弄ばれた。


 屋敷の片隅、訓練場にて――


 剣術の授業も終わり、幼い俺は片づけをしていた。

 すると、背後から荒々しい声が投げつけられる。


「おいコールレオン! 稽古をするからお前は的をしろ」


 木剣(ぼっけん)を肩に乗せ、長兄のフィリップは嘲るようにこちらを見下ろした。


 俺は木剣をきゅっと握りしめた。

 疲弊した声で、抗うように言葉を吐く。


「……え、嫌だよ。このあとは礼儀作法の授業もあるし」


 するとフィリップの背に隠れた次兄のルーファスが、苛立ちの声を突きつけた。


「おい、俺たちに逆らうのか!?  没落した貴族の子供のくせに!」


 生まれた月の違いは体格にも差を生んだ。

 そのうえ、相手は2人。


 俺はいつも、この2人の苛立ちの捌け口にされていたよ。

 身体はいつも生傷や痣だらけ……


 でも、誰も咎める者なんていない。


 いや、たった一人だけ……

 俺を案じた母さんは屋敷を出たいと、何度も当主に直談判した。


 当主争いなど知らなかった母さんは、いつも「ごめんなさい」と俺を抱きしめてくれた。


 だが当主は、当主争いからの辞退を決して許さなかった。


 屋敷を去る時、それは……


 俺より1か月先に生まれた三兄は精神を病み、いつの間にか屋敷から消えていた。


 気づいたら俺は、四男じゃなく三男を名乗るよう言い渡された。



 こんな醜い争いに何の意味がある?

 当主になる必要が、あるだろうか?


 年を重ねるうちに、俺の心にそんな疑問が芽生え始める。


 そんなある日、俺の疑問を黙らせるほどの出来事が牙を剥いた。


 俺が12度目の誕生日を迎えた頃……

 母さんが、倒れた。


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