第65話 恋人たち(仮)の部屋
「お二人とも、こちらでございます」
――ガチャ。
家宰ジャレンの声を皮切りに、白亜の扉がゆるやかに開け放たれた。
目の前に、豪華絢爛な室内が姿を現す。
アイスブルーと白を基調とした、洗練された客室。
アイスブルーの壁紙に合わせ、ソファの布地まで同じデザインで揃えられている。
レースのカーテンから差し込む光が大理石の柱を輝かせ、気品ある雰囲気を醸し出す。
荷を下ろしながら、コールは息を漏らした。
客室の上質な空間に圧倒され、呆然としている。
「また……立派な部屋を宛てがわれたな」
誇らしげに胸を張り、ジャレンは歌うような調子で声を響かせた。
「ええ。私の権限で、ガルシア家の最高級の客室をご用意いたしました。きっと御当主様が泊まるよう仰ると思って、湯浴みの準備も既に整えております」
厳格な当主の傍らには、影で支える有能な家宰あり。
従順でありながら当主の思考を先回りするジャレンに、コールは舌を巻く。
ちなみに、ガーネットとコールは今も恋人のように身を寄せていた。
そんなコールの背を見つめながら、ジャレンは朗らかに会釈を添える。
「どうぞ湯船にて、旅の疲れをお休めくださいませ。一応申し上げますと、お二人でも十分な広さの湯船でございますよ」
ジャレンの言葉が落ちた瞬間、ガーネットとコールの瞳が驚愕に見開く。
「……っ!」
「んなっ、ちょ、な、何を言い出すんだジャレンっ! あの場では恋人と言ったが、俺たちは……‼」
ようやく密着していたことに気づき、2人は急いで離れた。
ガーネットは恥ずかしげに俯き、コールはわなわなと唇を震わせる。
お互い視線を外してもなお、意識し合っているのがありありと伝わってきた。
まだ完熟に届かぬ苺のような甘酸っぱい気配が満ちていく。
ジャレンは穏やかに瞳をほころばせ、
「ほぉう、左様でございますか? 絵になるほどお似合いだとジャレンは思いますが……おっと、そうでした。私はカレンデュラ様の部屋の鍵を取りに行って参りますので、一度失礼いたします」
「あ、ああ……よろしく頼む」
恥ずかしさで顔が熱を帯びる。
コールは片手で顔を覆ったままだ。
満悦な笑みを口元に刻んだジャレンは、2人に向けて静かに礼を落とした。
ぱたりと、扉が閉まった。
瞬間、ガーネットは力が抜けたようにコールの胸へと しな垂れかかる。
「ちょ、姫様……っ!?」
先ほどの件もあって、コールの鼓動は胸を突き破るように跳ね上がる。
コールの胸のシャツをきゅっと握り、ガーネットは力なく言葉を漏らした。
「コール、すごいお家なのね……き、緊張した」
即座にコールは理解した。
今の今まで、ガーネットが気を張っていたことを。
「姫様、大丈夫か……ちょっと待てよ、そこのソファに」
鍛えられた腕で、ガーネットを軽々と横抱きにした。
アイスブルーのソファへ気遣いながら運んでいく。
そっとソファに横たえ、ガーネットは力のない微笑みをコールへ向けた。
「……ありがとうコール」
微笑みを返したコールは、ある物を探して周囲を見渡した。
「えっと水……」
テーブルの水差しに指を掛ける。
だが、躊躇うようにコールは手を引いた。
「いや待て。俺の水筒のほうが安全か……」
すぐさま荷の中から水筒を取り出し、ガーネットの口元へと含ませる。
ガーネットも元気を取り戻したようで、掠れた声を響かせた。
「……ありがとう。少し、落ち着いたわ」
「よかった。自分の一族をこういうのもなんだが、ゾッとしただろ?」
躊躇いながら、ガーネットはぽつりと言葉を落とした。
「……正直なところ、噂以上で驚いたわ」
大きく口を開き、コールは笑い声を放った。
その声は、悲しみを含んだようにしっとりとしていた。
「あはは、だよなあ。姫様ん家は平和そのものだし。こんな目に合わせて、本当にすまない。やっぱり姫様を巻き込んだ」
ひと呼吸置き、
「……それに、勝手に恋人とか、名前で呼び捨ててすまなかった。嫌だっただろ?」
ちらと盗み見るように、コールは流し見る。
だが、ガーネットはしっかりと首を振った。
空気に溶けるような、か細い声がコールの耳朶を撫でた。
「私が勝手に付いてきたのだもの、気にしないで。それにね、久しぶりにコールにガーネットって呼んでもらえて嬉しかったの。恋人も別に、嫌じゃなかったし」
刹那、コールの琥珀の瞳が大きく弾ける。
「えっ……本当、に?」
看病の時の動じなさが物語るように、姫様は俺のことを男として見ていない。
――そう思っていた。
でも、恋人として見られることも嫌じゃないってこと、でいいのか?
へえ、そうなのか………………ふぅーん。
細めた琥珀の瞳の奥で、コールの心は秘かに浮き立つようであった。
すると、ガーネットが思い出したように口を開く。
「あ、でも……突然私が当主を決める流れになったのは、吃驚したけど」
「あれは本当にすまない」
流れるようにコールは頭を下げた。
姫様の見初めた相手が、ガルシアの当主の座を射止める……。
血涙流すくらいにベルフィオーレを憎んでいる癖に、何考えてんだか。
当主の思惑は、子供の頃からどうにも掴めない。
眉を寄せ、「うーん」と唸る。
何かを決心したように、コールはガーネットをまっすぐに見据えた。
「ここまで知られた以上、姫様には俺の……境遇って言っていいのか。それを話さないとだな。少しだけ、俺の話に耳を貸してくれるか?」
真剣味を帯びた眼差しに見つめられ、ガーネットは重大な何かを感じ取る。
すぐに身をよじり、ソファから身を起こし始めた。
すぐさまコールが止めに入るが、
「あ、おい。別に横になったままで構わないのに」
「いいえ。コールがせっかく身の上を話してくれるのだもの。私も、誠意を持って受け止めたいの」
その揺るぎない眼差しに、コールは自然と目尻をゆるめた。
すぐさまガーネットの肩に手を添え、身を起こす手助けをする。
そして、ゆっくりと過去を遡っていく――。
「俺は、ベルフィオーレの街で母さんと2人で暮らしていた……」




