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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第64話 ガルシア家の一族

 先導するジャレンに続き、ガーネットとコールは2人の部屋へ続く廊下を進んでいた。


 コールはガーネットの肩に手を回していた。

 2人は、離れがたい恋人のように身を寄せ合っている。


 何だかこうしていると、ほ、本当に恋人同士みたい……。


 頬がほんのりと朱に染まっていく。

 視線を床へ這わせ、ガーネットは照れを隠すように黙り込むのだった。




 長い廊下を抜け――

 広々とした玄関ホールの2階へと足を踏み入れる。


 玄関ホール2階の踊り場には、女性が2人佇んでいた。


 漆黒のドレスを身に纏い、扇子を優雅に広げている。

 刺すような敵意を、2つの双眸(そうぼう)に宿していた。


 お会いしたことのない方々だわ。

 ガルシア家の方かしら?


 こう見えても、ガーネットは王太子の元婚約者。


 夜会や茶会だけでなく、サロンや慈善会にも幅広く参加しており、多くの夫人たちと顔を合わせる機会があった。


 そのため、見慣れぬ顔につい小首を傾げる。


 不意に、諦めを含んだため息がコールの口から漏れた。


「……ああ、面倒くさいのが来たな。すまないが、姫様は絶対に話さないでくれ」

「え? ええ、わかったわ」


 理解は追いつかなかったが、ガーネットはこくりと頷いた。

 コールの翳(かげ)った声から、微かな嫌悪を読み取ったからだ。


 すると広い踊り場の中央へ、女性たちは場を支配するように歩み出た。

 ガーネットたちの進路を遮るように、圧をかけて立ち塞がる。


 2人の女性のうちの1人が、半歩前へと進む。

 氷雪のごとく冷たい声が、場の空気を張り詰めさせていく。


「あら……本当にコールレオンさんがいらしていたのね」


 すると、後方の女性も追いかけるように声を上げた。


「ねえ、報告した通りでしたでしょう?」


 広げた扇子で、半分以上顔を隠した2人の女性。

 だが、目元は露骨なほどに嘲るようで、見下した感情は誤魔化しようがない。


 前に立つ女性は金色の髪を揺らし、その半歩後ろに赤毛の女性が控えている。

 2人の佇まいに、ガーネットはどことなく既視感を覚えた。


 あ、先ほどお会いしたコールのお兄様のフィリップ様とルーファス様。

 あの2人に雰囲気が似ている気がする。


 もしかして、このお二人は。

 …………え、きゃ!?


 瞬間、肩にふわりと温かな重みが加わる。

 コールの胸元へ、引き寄せられていた。


 ガーネットを庇うように抱き寄せたまま、コールは氷の微笑を顔に貼り付けた。


「これはこれは、第一夫人と第二夫人。お久しぶりです」


 第一夫人と呼ばれた女性は右眉をヒクリと跳ねさせ、苛立ちをその声に滲ませる。


「お久しぶりですって? ガルシアから除籍されたあなたに、そんな挨拶をされる覚えはないわっ。どうしてあなたが屋敷にいるのかしら、コールレオンさん?」


 さらに後方の第二夫人も扇子をそっと掲げ、嘲りを含んだ声を落とした。


「あなたはもう、当主候補ではないはずでしょう? 御当主様はなんと慈悲深いこと……」


 2人の口からこぼれるのは、汚泥を纏った濁った嫌味ばかり。

 1人が口を開けば、もう1人が山彦のように追随する。


 思わず、耳を塞ぎたい衝動に駆られた。




 コールの指示通り、ガーネットはコールの腕の中で成り行きを見守っていた。


 しかし――

 大切な宝物のように守られたガーネットの姿に、夫人たちの狡猾な瞳が狙いを定めた。


 旅人の装いの地味なガーネットを、つま先から頭頂部まで舐めるように見上げていく。


 やがて、扇子の影で鼻で嗤(わら)ったように声を鳴らした。


「んまあっ! 女性など侍(はべ)らせて、結婚の報告にでもいらしたの?」


「忌々しいベルフィオーレを討つ当主候補として、御当主様に目をかけて頂いたのに、女性に現(うつつ)を抜かすなんて……いい御身分ねえ」


「どこの馬の骨ともわからぬ小娘に、名門たるガルシア家の敷居をくぐらせるだなんて」


 侮蔑を含んだ言葉が、濁流のように玄関ホールへ降り注ぐ。

 片方が皮肉を放てばもう1人が追い打ちをかけ、その応酬は醒めない悪夢のようである。


 ガーネットの高貴な家柄を承知する家宰ジャレンは、我慢ならずに口を開こうと身を乗り出した。


 だが、すぐさまコールが手をかざす。

 『教えてやる必要はなし』と、首を横に振った。


 まったく相変わらず口は達者だな。

 本当に、昔から口の減らない夫人たちだ。


 まあ……対面してしまった以上、こうなることは目に見えていた。

 ベルフィオーレの姫君の顔も知らずに、よくもこう毒を吐けるよな。


 琥珀の瞳を滑らせ、気づかれぬようガーネットへ視線を送る。

 コールの胸元に手を添えたガーネットは唇を引き結んで、ただ静かに耐えていた。


 ガルシアに足を踏み入れたばかりに……。

 もう何度、姫様は嘲りをその身に受けた?


 俺はもう、あの頃の俺とは違う。

 姫様は、姫様だけは絶対に守ってみせる。


 ……ということで、少しばかり慌ててもらおうか。




 夫人たちをまっすぐに見据え、コールは穏やかな笑顔を刻んだ。


 その笑みは、どこまでも続く青空のように澄み切っていて、苛立ちの影すら感じさせない。


「夫人方の仰るとおりです。除籍された身の俺としても非常に居づらい」

 わざとらしく肩をすぼめ、

「このままお暇する予定でしたが、当主様が是非泊まるようにと仰せになるもので。急遽、滞在するよう予定を変更したのです。だが…………ふむ」


 さらにわざとらしく眉間に皴を寄せ、コールは思案を重ねる体(てい)を装った。


 そして、


「……やはり帰途へ向かうと致しましょう。ジャレン、第一夫人と第二夫人に帰宅を促されたのでお暇しますと、そう当主様に伝えてくれ」


 思わぬ展開に、夫人たちは目を剥いた。


 御当主様の意向に背くよう、仕向けたと知られればっっ。

 不興を買って、うちの子が当主に選ばれなくなるやも……っ。


 ――2人の胸には同じ懸念がよぎっていた。


 感情を覆う扇子などかなぐり捨て、夫人たちは我先にと声を荒げる。


「んなっ……御当主様が!? べ、別に泊まるなと口にしてはいないでしょうっ」

「私もそのようなことは申し上げておりませんわ。コールレオンさんったら、どこで行き違いがあったのかしら……おほほ」


 媚びでも売るように、夫人たちは胸元で指先を擦り合わせる。


 その変貌ぶりに、ガーネットは空いた口が塞がらない。


 まるで、天変地異でも起こったような変わり身の早さだわ。

 ガルシア卿の名前を出しただけで、こんなにも態度が変わるだなんて……。


 眉間に不快を刻んだまま、コールは冷たく告げた。


「では、そこを通して頂けますか?」


 先ほどまでの煩わしさが嘘のよう。

 夫人たちは、海が割れるように左右へと退いていった。


 開かれた道を、コールとガーネットは寄り添うように歩き始めた。


 だが、去り際の背に、夫人たちの視線が細い針を刺すように纏わりつく。


 そして、


「カレンデュラの忘れ形見め……っ!」


 憎悪の込められた濁声(だみごえ)が、ガーネットの耳を微かに掠めていった。


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