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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第62話 次代の当主となる者は……

「コールレオン、まさかとは思うが…………憎きベルフィオーレの娘と懇(ねんご)ろになったのではなかろうな? ……ぷっ、ふは、ははははははっ」


 伯爵家当主ダルトン・ガルシアの嘲笑が室内に響いた。


 刃のように劈(つんざ)く笑い声――

 口を挟むことのできない気配が漂い、ガーネットは息を潜めた。


 それはコールも、他の兄弟たちも同様で、沈黙が満ちていく。


 ようやく、ダルトンの笑い声が細くなった。

 腹を抱えて笑っていたダルトンは、目尻の涙を拭いながら声を低く落とした。


「我がガルシアの三男ともあろう者が、ベルフィオーレの配下に身を落としたと思っていたが……なるほど」

 まっすぐにガーネットを見据え、

「そんなガーネット(みやげ)を持参するとはな。その発想は、300年の系譜を持つ我がガルシアの先祖にもいなかった、そして……」


 琥珀の瞳が蛇のように細まる。


「彼女(それ)は間違いなく、極上の成果だな」


 ダルトンの口元に、意味深な笑みが広がる。

 ガーネットを品定めするように視線を這わせた。


 蛇のような鋭い視線に、ガーネットは身の危険を本能的に感じた。

 コールの腕へと、そっと指先を寄せる。


 その瞬間、コールが庇うように前へ立ちはだかった。


 その絶妙な噛み合いに、ダルトンは僅かに目を細める。


「正攻法ではない。だがベルフィオーレを取り込めば、ガルシアの先達たちのベルフィオーレを屈服させるという悲願は達成される。やはりお前こそ、我がガルシアの次代の当主に相応しい」


 細く骨ばったダルトンの指先は、コールを当主と選定したように差し出される。


 コールは眉間に険しい皴を刻み、目を伏せた。

 その傍らで、ガーネットは驚愕に瞳を見開いた。


 コールが次の、ガルシアの当主ですって!?

 でも待って、コールはガルシア家から籍を除かれたんじゃ……?


 張り詰めた静寂が、室内を重く包んでいく。




 静寂を破るように、コールはそっと口を開いた。


「以前にも申し上げましたが、俺はガルシアを継ぐつもりはありません。ガルシアの籍からも除外された身です」


 片膝に頬杖をついたまま、ダルトンは失笑した。


「ハッ。籍の除外などどうにでもなる。コールレオン、お前の価値はこの出来損ないたち2人を足しても軽く凌ぐほどだ」


 傍らの息子たちをぞんざいな手つきで指しながら、塵でも見るような瞳で息子たちを流し見る。

 すると、ダルトンの指先がガーネットを迷いなく指した。


「そのうえ、こんな土産を持ち帰るなど」


 瞬間、コールの瞼がぴくりと動く。


「先ほどから、彼女を土産と呼ぶのはおやめください!」


 コールの凛とした声が、ダルトンの言葉を断ち切った。


 コールの琥珀の瞳は晴れ渡る空のような鮮やかさを失い、ギラギラと荒ぶる太陽のようにダルトンを睨み据える。


 そんなコールの表情を、ダルトンは隅々まで観察した。


 口元が僅かに震えを帯び、瞳孔が興奮したように開いている。

 視線は、ダルトンを射抜くように一点に固定されていた。


 コールの煮え滾る怒りが沸々と伝わってくる。


 ダルトンは弱点を掴んだと口元を歪め、ニヤリと嗤った。


「そこまで庇うとは、随分とその娘に入れ込んでいるな」

「違いますっ。ガーネット様は俺の主(あるじ)で」

「ほう……本当にそれだけか?」


 薄い笑みを浮かべ、ダルトンは再び2人へ視線を向けた。


 コールの胸元には、ガーネットが寄り添うように縋りついていた。

 そしてコールからは、己を犠牲にしてもガーネットを守るという強い意志が感じられる。


 寄り添う2人は、主従の枠を越えた深い関係にしか見えなかった。




 罠を張り巡らすように、ダルトンはゆっくりと言葉を編んでいく。


「ガーネット・ベルフィオーレ嬢。腑抜けの王太子から婚約破棄されたベルフィオーレ家の一人娘だ」


「まさかとは思うが……コールレオン、破棄された理由はお前との不貞か? そういえば、隠し子がいるという噂も耳にした。クク」

 ガーネットの左首元の傷痕へ視線を向け、

「確か……傷モノ令嬢と呼ばれていたな」


 次々と並ぶガーネットを貶(おとし)める言葉の数々。

 だが当のガーネットは、ぱちくりと瞳を瞬かせるだけ。


 えっと……どういうこと?


 ご挨拶もまだなのに、私、ガルシア伯爵にものすごーく貶(けな)されてない?

 突然すぎて、傷つく暇もないのだけれど。


 ガーネットは意味も解らず、呆然と伯爵を見つめるほかなかった。


 だがその辛辣な言葉に、怒りを露わにした者がいる。

 ――コールだ。


「当主様。これ以上、ガーネット様を侮辱するのはおやめください!」


 かかったと、ダルトンは口元を吊り上げる。


「んん、ただの主人なのだろう? そこまで憤る必要がどこにある? そうだ、ガーネット嬢…………ガーネット嬢、返事を!」


 突然名を呼ばれ、ガーネットは驚きながらも返事を返した。


「え、はいっ」

「コールレオンが恋人でないのならば、こちらの息子たちなど如何かな?」


 ダルトンは、傍らに並ぶ息子たちを乱雑な手つきで示した。

 戸惑いながらも、息子2人はガーネットへ控えめな礼を向ける。


「長男のフィリップと、次男のルーファスだ。少しばかり出来は悪いが、ガーネット嬢が見初めてくれたのならば、きっとその者は『次代の当主の座』に収まるだろうな、ククク」


 ダルトンの言葉が寝台へと落ちた刹那――

 フィリップとルーファスの琥珀の瞳がギラリと鋭い光を宿した。


 目の色が変わり、飢えた獣のようにガーネットを捉える。


 フィリップとルーファス。


 彼らは当主の座を欲している。

 だが当主ダルトンは、不出来というばかりで認める気配はない。


 そんな2人にとって、当主の座に就く条件が『ガーネットに見初められる』というのは、これまでで最も明瞭なものだった。


 2人の次期当主への渇望が、ガーネットの未来へ黒い蔦を伸ばしていく。


 その欲望の匂いを、コールは瞬時に嗅ぎ取った。


 ま、待て……まずい。

 これは由々しき事態だ。


 このままだと、姫様が兄上たちの争いに巻き込まれてしまう。

 あの兄たちは、当主になるためなら何を犠牲にしたって気にも留めない。


 姫様が傷つこうが何だろうが。

 そんなの……くっ、何てことをしてくれたんだ当主(アイツ)は……!


 噛みしめた奥歯を軋ませる。

 何か手立てはないかと、思案を深く駆け巡らせていく。


 すると、コールの胸奥に、たったひとつの策が芽生えた。


 ああ、これをすると……

 でも、このままでは姫様が……!


 決意を固めるように、短く生唾を呑み込む。

 そして大きく深呼吸し――


「待ってください!」


 口元に弧を描きながら、わざとらしくダルトンは首を傾げた。


「んん、どうした?」


 すると、ガーネットの肩を力強いぬくもりが包んだ。

 軽々と引き寄せられ、見上げればそこにはコールがいて……


 愛おしむような眼差しが、こちらを優しく見つめていた。


「そうです。ガーネット様は……っいえ、ガーネットは……俺の恋人です!」


 コールの琥珀の瞳には、驚愕に染まったガーネットの顔がくっきりと映っていた。


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