第61話 伯爵家当主 ダルトン・ガルシア
ガーネットとコールは、ガルシア家当主の待つ部屋へと向かっていた。
冷たいアイスブルーの壁が続く廊下を、家宰のジャレンの案内で進んでいく。
磨き上げられた大理石の床は天井のシャンデリアを白く反射し、廊下に冷たい靴音を反響させる。
完璧に飾られた絵画や彫刻は、美術館の一角のような美しさを放つ。
しかし、芸術品の物言わぬ視線は来訪者を監視するようで、背筋がぞわりと粟立つようだった。
廊下を進むにつれ、不穏の空気は張りつめていった。
ガーネットはそっと周囲を見渡した。
ここがコールの実家、ガルシア家。
うちのベルフィオーレ家に、数百年延々と憎悪を燃やし続けるガルシア家の本拠。
まさか乗り込むことになるなんて、正直生きた心地がしない。
でも……
コールを1人でこの場所に戻らせてはいけない。
そんな気がしたのだもの。
一歩先を行くコールの横顔は、普段と寸分も違わない。
でもその背には、言葉では言い表せぬほどの深い悲しみを背負っているように思えた。
ガーネットの指先は微かに震えていた。
これが緊張なのか、あるいは不安に怯える恐怖なのか。
ガーネット自身にも判別できなかった。
震える指先を握りしめ、再び周囲へと視線を巡らせる。
城とは違って、豪華で洗練された造りね。
でも不思議と茨が絡みつくような、息苦しい雰囲気を感じるのは気のせい?
何か、抗いようのない強大な存在に支配されているような……。
すると、先導していたジャレンの足が止まる。
ガーネットたちの眼前には、重厚な扉がそびえていた。
当主の威厳を象徴するかのような扉。
その向こうから、重く濁った空気が漏れ出ている。
ジャレンは扉を慎重に叩き、室内へ向けて静かに呼び掛ける。
「御当主様、コールレオン様がお見えになりました」
「ああ、お入り」
室内から、威厳を帯びた低音が響いた。
重い扉を隔てても、冷たい重圧が肌を刺すようである。
深々と頭を垂れたまま、ジャレンは厳かに扉を開けた。
表情ひとつ変えず、コールは室内へと足を踏み入れる。
コールの大きな背に身を潜めるようにして、ガーネットも続く。
室内は廊下の内装を引き継ぐように、アイスブルーの色調でまとめられていた。
中央には天蓋付きの大きな寝台が鎮座し、ここが当主の寝室であることを静かに告げている。
寝台の上には、寝着に身を包んだ細い男が砕けた姿勢で座していた。
眉間に深い皴を刻み、黒髪に白髪の混じった男は近寄りがたい厳格さを纏っている。
深い隈のある瞳は、コールと同じ琥珀色。
ひとたび睨まれれば、一瞬ですべてを絡め取るような不気味さを孕んでいた。
この方がガルシア家当主、ダルトン・ガルシア伯爵。
……コールのお父様だわ。
正直なところ、明るい気質のコールとは対照的で親子とは到底思えない。
何かとベルフィオーレ家に因縁を浴びせてくるガルシア家だけど、伯爵とこうして顔を合わせたのは数回だけ。
――夜会でお見かけした程度だ。
『倒れた』とジャレンの手紙に綴られていたが、双眸は驚くほど確かで、臥している事実が信じられないほどだった。
寝台の傍らには、若い男が2人並んでいた。
コールと同じ年頃。
金髪と赤毛で髪色こそ異なるが、揃いの琥珀の瞳は彼らの血縁を雄弁に語り、並べば兄弟だとひと目で気づくものだった。
だが、目鼻立ちは不思議なほど共通点はなく、兄弟らしさは感じられない。
その違和感に、ガーネットは眉根を寄せる。
コールも含めてガルシア家は三兄弟だったはず。
でも伯爵と同じく、こちらも瞳以外に血の繋がりをあまり感じない。
コールの瞳は太陽のように溌溂と輝いている。
でも、彼らの瞳は同じ琥珀色でも獰猛な蛇のように無機質で、近寄る者を威圧する気配を放っていた。
兄弟2人は、仇敵に憎悪を燃やすようにコールを睨んでいる。
だがガーネットの姿を認めた瞬間、瞳に驚きの色を刻んだ。
息子たちの動揺など意に介さず、当主のダルトンは唇の端を吊り上げた。
王者のごとく冷厳な眼差しで、コールへ告げる。
「コールレオン来たか。お前に会いたくてな。ジャレンに頼んだところだ」
琥珀の瞳に陰を宿し、コールは抑揚のない声で返した。
「お久しぶりです、当主様。倒れられたと伺いました。お元気そうなお姿を拝見し、安心しました」
父を気遣う何の変哲もない挨拶――のはずなのだが、ダルトンは冗談でも聞いたように嘲るような笑いを吐き出した。
「……ハッ、心にもないことを言うものではない。お前は私が憎くて堪らないのだろう? いっそのこと、お前が私の息の根を止めるか?」
驚きのあまり、ガーネットは顔を蒼白に染めた。
なんて冷たくて悍ましい会話なの……!
実の親子の会話とは到底思えない。
それだけじゃなくて、いつも明るいコールが魂が抜けた人形みたいに覇気がない。
それに……
ちらりと視線を滑らせ、ガーネットは兄弟たちをそっと捉えた。
あの2人も、コールを睨みつけている。
……本当に、冷え切った家族なのだわ。
すると当主ダルトンの瞳が、顔色を失ったガーネットを映した。
その蛇のごとく瞳は、獲物を定めたように狡猾な歓びを光らせる。
ゆっくりと片膝を立てながら、ガーネットを舐めるように見据えた。
「……その無駄に存在感だけはある髪色は……ベルフィオーレの娘か」
片膝の上に肘を預け、頬杖をついたダルトンはコールに視線を流した。
「コールレオン。まさかとは思うが、憎きベルフィオーレの娘と懇ろになったのではなかろうな? ……ぷっ、ふは、ははははははっ」
ダルトンの嘲るような笑い声が、静寂に沈んだ寝室を静かに揺らす。
ガーネットたちはただ、黙ってその嘲笑を聞き続けるしかなかった……。




