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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第6話 傷モノ令嬢、未来の娘を紹介する

 ピィーチチチチッ。

 愛らしい鳥のさえずりが、ふんわりと耳朶みみたぶを撫でる。柔らかな寝台に身を預けたまま、ルビィは眠気の残る瞳を優しく拭った。

 朝の冷えた空気と微睡まどろみの狭間で、大好きな香りがゆるやかに漂う。


 この匂い知ってる。

 すずらんの花みたいな優しい……大好きなお母さまの匂い。


 とろんとした瞼がゆっくりと持ち上がる。淡い青碧の瞳に広がったのは、思い描いた母ではなく、若き日の母の安らかな寝顔だった。


「おかあ…………あ、そだ。ママさまっ!」


 花がほころぶように笑みをこぼしたルビィは、勢いよくガーネットの胸へと抱きついた。柔らかなナイトドレスとガーネットの温もりに包まれて、ルビィの微睡みもほどけていく。

 すると、喉を鳴らしたように柔らかなガーネットの声が漏れ聞こえた。


「ふふ、おはようルビィ」

「おはよう、ママさま」


 二人が寝台から身を起こすと、寝台のすぐ傍らに、満面の笑みを輝かせたセイラが音もなく佇んでいた。まだどこか初々しい母娘(おやこ)の触れ合いを、最高の特等席から見守っていたらしい。


 ぴょこんと跳ねたルビィの頭頂部の寝癖を愛おしげに整えながら、ガーネットは穏やかに目を細める。


「おはようセイラ。お父様はお帰りになったかしら?」

 深く頭を垂れたセイラの口元から、朝の静寂に溶けるような慎ましい声が零れた。

「おはようございますガーネットお嬢様。旦那様はまだ、戻られておりませんわ」

 瞼の重さを感じながらも、ガーネットは顎に手を添えて静かに思案を巡らせる。

「そう……食堂で食べるのは、お父様に紹介して了承を得てからがいいわね。それだったら、朝は部屋で食べましょうか」


「わーい。ママさまとごはん~♪」


 ガーネットとルビィは柔らかな朝の光に包まれながら、楽しい朝食のひとときを過ごしたのだった。


 だがすでに、屋敷のあちこちでは「ガーネットお嬢様が見知らぬ幼女を連れ帰った。あの子は何者だ?」という噂話が囁かれ始めていた。

 それはガーネットが婚約破棄された衝撃さえ忘却の彼方へ吹き飛ばすほどの、鮮烈な威力があった。



 ∻❖∻



 屋敷の奥にある書庫にて。


 四方の壁を覆う書棚に包まれ、ガーネットはある文献と睨み合っていた。ベルフィオーレ家に代々伝わる文献の内容を確認するためである。

 ちなみにルビィは、セイラとお人形遊びをしてガーネットの私室でお留守番中である。


 古い書物と埃っぽい匂いに鼻を擦りながら、真剣に色褪せた頁を捲っていく。


 古びた文献に綴られた文字を、指先でそっとなぞった。



 ――我が偉大なるベルフィオーレは、時を渡る術を持つ偉大なる一族なり。

 その崇高なる力は、巨石の年輪にて発現する。

 己の道を再び選ばんと望む者は、その神なる力にて運命を切り開くべし。



 誰が書いたのか、相変わらず壮大な文章ね。

 それにしても巨石、か……ルビィが話した『おっきな石』って、この文献に登場する巨石の年輪のことじゃないかしら。


 だとすると、未来のルビィはあの場所から過去に時空転移した?

 うーん。状況を理解するためにも、ベルフィオーレ領の遺跡に行ってみるしかないかも。




 パタン。書庫の扉が軽やかに閉じる。

 ガーネットは静寂の廊下に靴音を響かせ、私室へと戻っていった。


 私室に差しかかった時、廊下に佇んだ侍女のセイラが目に留まった。抑えきれない好奇心を滲ませ、扉の隙間からガーネットの私室を覗いている。


 僅かに眉を寄せ、ガーネットは探るように言葉を零した。


「セイラ、どうしたの?」


 セイラはこちらに気づいた途端、声を発することなく部屋の中へと視線を導くように促す。促されるままに、ガーネットも視線を室内へと滑らせた。


 すると中には、ガーネットよりも淡い珊瑚色の髪の男が佇んでいた。見知った横顔に安堵し、ガーネットは穏やかな声を届けようとしたが、


「あ、おとう……」


 男は優しさを帯びた口元に指先を添え、『静かに』と静寂を求めた。


 目を丸くしたガーネットの視界に、寝台の下に身を潜めた何かが目に入った。目を凝らすと、シーツの影から可愛らしいつま先がちょこんと覗いている。

 込み上げる笑いを必死に堪えているらしく、鈴を転がしたようなクスクスとした笑い声が漏れ聞こえてくる。


 まるで喜劇役者のようなコミカルな動きで、男はわざとらしく大袈裟な足音を立てる。その足取りのまま、寝台の周囲を陽気に一周した。


「んー、どこかなー……あ、ここかなー」

 男は見当違いのカーテンの裏を探し、

「おっと、カーテンの裏にはいないようだ。あれぇ、どこかなー?」


 どうやら、かくれんぼをしているようだ。

 私が書庫に行った間に何があったの……?


 ガーネットもセイラと肩を並べ、ひとまず成り行きを見届けることにした。


 すると、もう我慢できないとばかりに、ルビィのクスクスとした笑いが空気を揺らす。心なしか、寝台までも微かに震えているように見えた。


 不意に、男は寝台の前で足を止める。

 勢いよく屈み込み、シーツの隙間から覗いたつま先をこちょこちょとくすぐった。


「おや、こんなところに。見つけたー」

「あはははっ、見つかっちゃったー」


 ルビィは溜まらず、笑顔に弾けた顔を寝台の下から覗かせた。

 ルビィと男の間には、初対面とは思えぬほどの馴染んだ笑みが交わされている。その和やかなやり取りを、ガーネットは感心したように眺めていた。


 瞬く間に意気投合したですって!?

 見ず知らずの仲で紹介もなしに打ち解けるだなんて……流石は未来の祖父と孫。


 ということで――

 ルビィと笑い合っているのが、私の父でベルフィオーレ侯爵家当主ジャスパー・ベルフィオーレその人である。


「ママさま、おかえりなのっ」


 ガーネットの姿を認めた途端、ルビィは顔を輝かせ、駆け込むように抱きついた。


 未婚の娘を『ママさま』と呼ぶ奇想天外な光景に、ジャスパーは一瞬目を瞬かせた。が、すぐに遠い日の過去を思い起こすように頬を緩ませる。


「ママ様って、懐かしい響きだ。ガーネも小さな頃、エメルダのことをそう呼んでいたな。ガーネ、いつの間にママ様になったんだい?」


 ジャスパーからしてみれば、それは冗談めいた会話のつもりだった。

 だが、その狙い澄ました問いかけに、ガーネットはすぐには返事を返せなかった。沈黙に沈むガーネットに違和感を覚えながらも、ジャスパーは大らかに言葉を紡いでいく。


「遊んでおいて今さらなのだが、こちらの令嬢レディはどちらの家の令嬢レディかな? 随分とガーネに面影がある。昨夜の夜会では、ガーネに娘がいるなどと吹聴した輩がいたようだが、この子が発端か……」


 目尻に穏やかな皴を刻み、にこやかに微笑むジャスパーは、ルビィの柔らかな髪を優しげに撫でた。ルビィも嬉しそうにジャスパーの手に身を委ねている。

 二人の仲睦まじい様子を瞳に映しながら、躊躇いがちにガーネットはぼそりと声を漏らした。


「……私の娘。それは、半分合っているようで合っていないような……」

「ん? どういうことだ?」


 この子は私の未来の娘です。お父様にとっては孫なの――と告げたら、果たしてお父様は信じてくれるかしら。


 本当は、もう少し整った席で紹介するつもりだったけど、ルビィとも打ち解けたようだし…………ここは、素直に話すしかないわよね。


 父親譲りの微笑みを口元に刻み、ルビィの華奢な肩にそっと手を添える。

 湖面のように透き通った青碧の瞳を揺らめかせ、ガーネットはジャスパーを真っ直ぐに見据えた。


「お父様、気を確かに持って聞いてください。実は、この子……ルビィはね、私の未来の娘なの!」

「んあ? 何を言って………………………………ん、んん―――~っ!?」


 その後、ガーネットの話に驚愕したジャスパーの声が、長い廊下を駆け抜け、広大な屋敷の端々まで響き渡ったのだった。


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