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断罪5秒前、傷モノ令嬢を救ったのは未来の娘(5才)でした。どうやらあと2か月でこの子を身籠るらしいのですが⁉  作者: 星七美月


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第59話 城の厩舎の居候

 コールが手紙を受け取ってから数日後――


 早朝の四の刻。

 まだ暑さの余韻が残る晩夏とはいえ、朝晩の空気は冷たさを帯び始める。


 朝靄の中、コールは足音を殺しながら、ベルフィオーレ城の外縁にある厩舎(きゅうしゃ)へ足を運んでいた。


 数日悩んだ末、コールは一度ガルシアへと帰郷することを決めた。


 ガルシアへの帰郷は、ゲオルグ先輩とエメルダ様にのみ密かに打ち明けた。


 姫様に伝えれば、心配して「私も行く」とか言い出しかねないからな。

 無事帰ったら、叱られる覚悟はしておこう。


 一応置き手紙を残してきた。

 でも、ルビィと一緒にむくれる姿が目に浮かぶ。


 以前とすると、姫様は素直に感情を出すようになった。

 レオンハルトとの件もあって、少しばかり強くなったのかもしれない。


 それに何となく……ルビィに似てきた気がする。


 ルビィの存在が、姫様の心に少しずつ良い影響を与えているのだろう。




 くすりと笑みを落とした瞬間、


 ――ヒヒィィン!


 朝の静寂を破るように、厩舎から馬の嘶(いなな)きが響いた。


 今のは、パトリシアの声?


 パトリシアは俺の馬だ。

 ベルフィオーレ家で俺が護衛として雇われた際に、旦那様が与えてくれた美しい毛並みの白馬。


 護衛になってから共に連れ添った、相棒とも呼べる特別な馬だ。


 だがおかしい。

 パトリシアは穏やかな気質だから、普段はほとんど声をあげない。


 ただ食いしん坊なのか、食事の時だけは興奮して嘶(いなな)く時がある。

 世話をする馬丁(ばてい)が起きる時間には、まだ早いはずだが……?


 そっと厩舎の扉を開けた。


 すると、馬の息遣いとともに柔らかな声が落ちてきた。


「ふふ、パトリシアったら。もう干し草は食べたでしょ」


 ふわりと頬を撫でた声にコールは耳を疑い、さらに我が目を疑った。


 コールの視線の先――

 そこに居るはずのないガーネットの姿があった。


 干し草の匂いを追うパトリシアに指先を舐められ、くすぐったい笑みをこぼしている。


 肩に小ぶりの鞄をかけ、胡桃(くるみ)色の外套を羽織った姿はガーネットを旅人のように仕立てていた。


 コールの驚愕した声が空気を震わせる。


「姫様っ!?」


 すると、こそばゆさに頬をゆるめたガーネットがこちらに視線を寄越した。


 コールを捉えた瞳が一瞬固まった。

 だが、すぐに静かな表情へと戻る。


 コールを見つめる眼差しには、微かな猜疑(さいぎ)の念が宿っていた。


「コール……やっぱり来たわね。私に黙ってガルシア領に行くつもりだったのでしょ。あなたの考えることなんて、お見通しなのだからっ」


 ガーネットは勢いよく駆け寄り、瞬く間に距離を詰める。


「私も一緒に連れていって!」


 ガーネットの勢いに気圧され、コールは押し返されるように後ずさる。


「ばっ、一緒に行くって、何馬鹿なこと言ってるんだよ。姫様がいなくなったら城中大騒ぎだろっ」


 しかし、ガーネットは落ち着いた様子でまばたきを落とす。


「お母様には伝えたから大丈夫。ルビィには、ちょっと出てくるからいい子にしていてねって約束したし……セイラは怒るから秘密だけど」

「そんなちょっと散歩に行くんじゃないんだから。どんなに早く見積もっても、往復で2日はかかるんだぞ」


 獣が喉の奥を鳴らすような低い声で、コールは脅すように告げた。


 だがそんな脅しも何のその。

 ぽんと胸を高らかに叩き、ガーネットは勝利の太鼓を打ち鳴らすように余裕をまとった笑みを浮かべた。


「もちろんわかっているわ。旅の支度だって私なりに整えてきたし」

「そういうことじゃなくって……あー~っもう! 俺と2人だけで旅することになるんだぞ!」


 ここまで言えば、姫様だってわかるだろ。

 若い男女が2人きりの旅路。


 旅の進み方次第では森の中で夜を迎え、野営するかもしれない。

 そうすれば、深い森の暗がりで本当に2人きりだ。


 姫様だって流石に……。


 だが、ガーネットは先ほどと変わらぬ調子のまま、


「もちろんそのつもりよ。コールと一緒なら安心だし」

「あ、安心って………………ぅぁ~~っっ!?」


 濃紺の柔らかな髪を両手で搔き乱し、コール自身も心を乱される。

 声にならない困惑の叫びをその場に響かせた。


 姫様は、俺のことを聖人君子かなんかと思ってるのか。


 いや、それとも昔馴染みのレオだとわかって、男として見られていない?

 そ、それはそれで悲しいんだが……。


 信用してくれるのは嬉しい。

 でも、流石に男女2人の外泊はこっちの精神が持たない。


 それに何より、姫様をあの魔の巣窟(そうくつ)に連れて行くのは無理だ……うん。




 わずかに頷きを落としたコールは、厩舎からそっと踵を返す。


 くるりと翻したコールの背中に、ガーネットが驚き混じりの声を投げかけた。


「ちょっと、どこへ行くの?」


 コールは足を止め、風を払うように右手を振って意志を告げた。


「やっぱ今日はなしで。姫様を連れてはいけない」


 そう捨て台詞を残し、コールは再び足を踏み出した。

 昨夜の小雨でぬかるんだ土を踏み、風で飛び散った干し草の欠片を蹴りながら。


 今日は無理だな。

 しばらくは様子を見よう。


 姫様が忘れた頃、見つからないように行くしかないか。

 行かないとジャレンに申し訳が立たない。


 ……次は夜中にでも。


 刹那、コールの手に柔らかなぬくもりが広がった。


 その春の陽だまりのようなぬくもりは、ガーネットの柔らかな手だと、胸の高鳴りで理解する。

 朝陽に染まったガーネットの瞳は揺らめき、コールを見上げた。


「……そんなに私は邪魔なの?」


 コールの手を握ったその指先に、ぎゅっと力が込められる。


「コールを1人で行かせたくないの。あの手紙を読み終わった時のコール、いつもと違う人みたいに無機質で、少し怖くって……」


 ガーネットの瞳が、静かにコールを射抜く。


「その時私ね、コールを絶対に1人で行かせてはいけないと思ったの。2度と会えなくなる、そんな気がした……」


 コールの手の甲にぽたぽたと温かな雨が降った。


 それはガーネットの想いが降らせた心配の雨で。

 その温度が溶け込むとともに、コールの胸の奥がきゅっと締め付けられていく。


「ひめ……さま」


 俺のために泣いてくれるのか?

 ベルフィオーレと敵対するガルシアの、厄介者の俺なんかのために。


 姫様は本当に昔から泣き虫で、酷いこと言われても我慢して……。


 ベルフィオーレ侯爵家の一人娘なのに、護衛の俺のために涙を流してくれるどうしようもなく優しい女性(ひと)だ。


 そして俺は、その涙を……

 ……どうしようもなく愛おしく感じてしまう。


 だからこそ、傷つけたくない。

 俺はやっぱり、姫様を連れて行くことはできない。


 そう、断ろうとした時だった。


 ガーネットの指先に、さらに力が込められる。

 それはまるで、コールを逃がすまいとしているようで。


 青碧の瞳が柔らかく弧を描き、にこりと可憐な笑みを灯す。


「だから私、コールが連れて行ってくれるまで一生厩舎で寝泊まりするの」


「んなっ!?」


 んん~。ま、まさかとは思うが、今日も厩舎に泊まっていたのか!?

 もしかして、ここ数日間ずっと厩舎で?


 不意にコールの瞳が、あるものを捉えた。


 馬たちの住む馬房(ばぼう)の隣には、干し草が積み上げられていた。


 その干し草は、ちょうどガーネットの身長ほどの大きさ。

 さらに、ガーネットが横たわったらしい窪みが、くっきりと刻まれている。


 ……あっ、寝泊りしてたな、これ。


 そういえば、ガルシアへの帰郷をゲオルグ先輩に告げた時、「ようやくか」と肩を撫で下ろした。

 もしかして先輩は人知れず、毎晩厩舎で眠る姫様を護衛してたんじゃ……?


 感覚を研ぎ澄ませ、ゲオルグの気配を探る。


 ――厩舎の外に、人の気配が潜んでいる!


 点と点が繋がった感覚に、コールの口は閉じることを忘れたように開いたまま。


 だがすぐに顎に手を添え、次なる策を求めて思考を巡らせる。


 脳を絞るように思案に思案を重ねていく。

 だが、令嬢の厩舎の寝泊り阻止の方法など見つかるはずもなく……。


 やがて、コールの口元からこぼれたのは――


「はぁ~、姫様には叶わないな……ははは」


 ため息と、呆れたような笑い。

 だがコールの口元は柔らかくほころび、不思議と幸福に満ちていた。


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